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第25話 リヒャルトと呼んでくれ*

 ヴィルとエレノアの寝室から、密やかな喘ぎ声が漏れる。

 全てを明らかにして共に十字架を背負うことを誓った二人の瞳に、激しい情欲のほむらが燃え上がった。


 口火を切ったのはエレノアだった。


「わたしを抱いて、


 そこはかつてヴィルヘルムと幾つもの夜を過ごした場所だった。ベッドの上でエレノアと向かい合ったリヒャルトは、一瞬の沈黙の後、静かにこう言った。


「エレノア、今だけ、リヒャルトと呼んでくれないか。……夜が明けたら、僕がこの名で呼ばれることはもう二度とない。僕は今夜、自らの手でリヒャルトの存在を消し去る。そしてヴィルの肉体とリヒャルトの精神の両方を殺した罪を生涯背負って生きていく。そのことを決して忘れないために、今夜一晩だけはリヒャルトとして君を感じさせてくれ。お願いだ、エレノア」


 エレノアの頬を一筋の涙が伝うと、彼女はの髪を撫で、微かに微笑んで囁いた。


「リヒャルト……」


 そのままゆっくりと顔を近づけ、唇を触れ合わせる。リヒャルトの舌がエレノアの唇をこじ開ける。瞬く間に口づけは深く激しくなり、エレノアの呼吸が荒くなる。お互いに忙しなく服を脱ぎ捨てると、リヒャルトはエレノアを押し倒し、耳からうなじに舌を這わせた。


「あ……あ……リヒャルト、リヒャルト……! そうよ、わたしはこの瞬間を求めていたの……あの日、マルベリーの木の下であなたと初めて口づけを交わしてからずっと……ああ……っ!」

「エレノア……今、僕の、腕の中にきみがいる……これは現実なのか……?」

「ええ、リヒャルト……わたしたちは地獄に落ちるでしょう……でもそれでもいい、これ以外に方法はないのだから……誰も救われなくても、こうするしかないのよ……だからお願い……わたしに刻みつけて、永遠に消えない烙印を……!」


 リヒャルトの指と唇が触れたエレノアの胸の頂きが硬く尖る。呼吸が荒くなり、眉間に皺が寄る。抑えきれない声が漏れる。ゆっくりとリヒャルトの右手がエレノアの太腿を伝って奥へと伸びる。そこは既に熱を帯び、もう十分にリヒャルトを受け入れる準備ができていた。


 リヒャルトはエレノアを愛撫し続けた。だがそれは彼が復員してきてから夜毎繰り返された執拗で陰湿なものではなく、どこまでも優しくそして激しいものだった。まるであたかも女神を崇拝するかのように、畏れと慈しみを込めて。エレノアの瞳が潤み、何度も全身が痙攣した。やがて彼女の口から切れ切れに懇願の言葉が漏れた。


「お願い、リヒャルト……来て……もう我慢できない……わたしを貫いて、今すぐ……!」


 リヒャルトはゆっくりとエレノアと体を繋げた。寝室にエレノアの細く高い悲鳴が響き渡り、宙に浮いた両足の指がぎゅうっと内側に曲がった。


 エレノアの脳裏に、あの夏の記憶がよぎる。あの時もエレノアは自らの罪から目を逸らして、背徳の波に身を任せた。そして今また同じ波に飲み込まれようとしている。あの時より遥かに深く重い罪を背負って。……わたしは、ただ愛し愛されたかっただけなの……許してヴィル……許してリヒャルト……こんな形でしか罪を償えないわたしを許して……そして、ごめんね、ごめんねマクシミリアン……あなたのことだけが……。


 荒い息を弾ませているリヒャルトに気づかれないよう、エレノアは必死で嗚咽を堪え、伸ばした手で枕をきつく握りしめた。そうして夜が更け、二人の罪人つみびとは手足を絡ませ合ったまま、いつしか眠りについた。


 誰に対しても、等しく朝は来る。

 だが、その朝のすべてが希望に満ちた輝きを放つものであるとは限らない。


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