二階の浴室のバスタブには、半分ほどの深さに湯が張られていた。
エレノアに助けられてスツールに腰掛けたヴィルがシャツを脱ぐ。肉が削げ、肋骨が浮き出た上半身が露わになった。それだけでもエレノアの胸が締めつけられる。
「……いいかしら?」
ためらいながらヴィルのトラウザーズのボタンに手をかけたエレノアに、ヴィルは顔を背けながら呟いた。
「……覚悟しておいてくれ」
「……」
トラウザーズを脱がせると、脚には血や泥で薄汚れた包帯が巻かれていた。ゆっくりとそれを解いていったエレノアの目に映ったのは、直視し難いものだった。
「ヴィル……なんて酷い……ああ……」
ヴィルの右下腹部から膝にかけての皮膚は焼け爛れ、ケロイド状に引き攣れて、見るも無残な状態になっていた。
どれほど熱く、痛かっただろう。思わず震える指でそっと触れる。
「驚いたかい?」
ヴィルの問いかけにエレノアは答えず、目に涙を溜めながらヴィルの太腿をそっと撫でた。
「……痛むの?」
「時々ね」
「どうしてあなたがこんな目に……」
エレノアの言葉に怒りが混じる。
ヴィルは自嘲するように呟いた。
「愚か者の夢の跡だよ……皇帝陛下は銃殺され、国民は焼かれた。時代を読むことができなかった老いぼれ国家が分不相応な野望を抱いた報いなんだろう」
エレノアは黙って下履き一枚のヴィルに肩を貸して立ち上がらせた。バスタブの縁を跨ぐために片足立ちになったヴィルがぐらつく。だがエレノアの助けで何とかバスタブに身体を沈めると、ヴィルは湯の温かさを楽しむように目を閉じて溜息をついた。
「ああ、帰って来たんだな……」
「ええ……」
エレノアは頷くと、バスタブの横に置かれていた石鹸を手に取って、ヴィルの髪を洗い始めた。ゆっくりと丁寧に。ヴィルはされるがままになっている。そのまま石鹸を泡立てた手でヴィルの首、肩、背中を撫で下ろしたが、下履きのところまで来ると手を止めた。
「ヴィル……あの……」
躊躇いながら口ごもるエレノアにヴィルは静かに答えた。
「……そこは自分でやるから大丈夫だよ、エレノア。……お互いまだ気持ちの整理がついていないだろ?」
「ご、ごめんなさい……なんだかとても恥ずかしくて……」
「分かるよ。僕も正直、そう思う……でもとりあえず、この泡だらけの髪を何とかしたいな」
冗談めかしてその場を収めてくれたヴィルに感謝しながら、エレノアは桶に汲んであった湯をヴィルの頭にそっとかけた。
「寝間着を持ってくるわね」
そう言って浴室を後にしたエレノアが戻ってくると、ヴィルは既に入浴を済ませ、なんとかバスタブから出てタオルで身体を拭き、清潔な下着を身に着けたところだった。
そして寝間着を着ると、エレノアのほうに向き直り、その頬にそっと手をあてた。
思わずエレノアの身体が固くなる。そのままヴィルはゆっくりと顔を近づけて、愛する妻に七年ぶりの口づけをした。
「ん……」
ヴィルの舌がエレノアの唇をこじ開けて奥へ進む。エレノアの呼吸が荒くなる。いつの間にか自分から唇を開いてヴィルの舌を受け入れている。二人の唾液が絡み合う。
エレノアの足がふらついた。何とか正気を取り戻し、ヴィルが転ばないよう支えると、目の前の夫がそっと囁くのが聞こえた。
「……寝室に行こう」