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第3話 天使のような従姉妹

 ヒルデガルド男爵夫人が公女としての矜持と意地をかけて産んだ双子の息子は外見はそっくりだったが、性格は正反対だった。

 長男ヴィルヘルムは病弱で大人しく、素直でお行儀の良い内向的な性格で、大人からすれば扱いやすい子供だった。

 それに対して次男のリヒャルトは活発な腕白坊主で、どちらかと言うと問題児に近かった。だがなぜか皆に可愛がられる不思議な子供だった。


 そんなヴィルヘルムとリヒャルトが三歳の時、突然二人の前に血の繋がらない従姉妹が現れた。

 まだよちよち歩きのエレノアは真っ直ぐな金の髪に蜂蜜色の瞳を持つ、まさに村の教会に飾られている天使の絵から抜け出て来たような少女だった。


 ヴィルヘルムとリヒャルトはすぐに彼女を溺愛し始めた。


 彼らの母、ヒルデガルド男爵夫人はエレノアを卑しい子と蔑んで息子達から遠ざけようとしたが、そんな大人の思惑など知りもしない子供達が強い絆で結ばれるようになるのにそう時間はかからなかった。


 エレノアの父アイザックは農地監督を任されていたので、日中はほとんど家にいない。まだ乳飲み子と言ってもいいような子供の面倒を見てくれたのは、女中のアンナだった。エレノアはアッシェンバッハ家の屋敷の台所で育ったようなものだった。ヒルデガルド夫人は良い顔をしなかったが、アンナは将来家事を手伝ってもらえるよう仕込んでいるのだと言って奥様を黙らせた。


 それでもやはりヒルデガルドがエレノアに向ける視線は冷たく侮蔑に満ちたものだった。三人で遊んでいるところにやって来て、あからさまに息子達にだけお菓子を与えたりもした。

 だがそんな時でもエレノアは泣いたりせず、常に幼いながらにエプロンを摘んでにお辞儀をしてお行儀良く振る舞った。彼女は分かっていたのだ、自分と父のこの家での立ち位置を。


 こういった、まるで喉に刺さった魚の小骨のような不愉快な出来事は幾つかあったが、エレノアの隣には常に双子のどちらかがいてくれたので、彼女にとっては子供時代を過ごせたと言っていいだろう。


 数年が経ち、三人が町の小学校へ通うようになると、その絆はいっそう深まった。登下校もお弁当もいつも一緒。帰りはいつも寄り道して小川で泥だらけになってザリガニを釣ったり、麦わらの山に飛び込んで出られなくなったり。遊び場はいくらでもあった。


 その中でも初夏の一時期、彼らが何よりも楽しみにしていることがあった。


 アッシェンバッハ家の領地には、マルベリーの木が沢山生えていた。その実から作られるリキュールはこの地の名産品で、貴重な現金収入だった。


 6月の末ごろになると、たわわに実ったマルベリーが赤黒く熟す。領民総出でその実を摘み、搾汁機にかけて果汁を搾る。その横で、子供達は手当たり次第に実をもぎ取って口に入れる。

 指先も口元も真っ赤に染まり、木綿の服についた染みはなかなか取れない。

 その血のような果汁の色と口の中に広がる濃厚な甘さに、誰もが夏の到来を感じて喜びに胸を膨らませるのだ。


 アッシェンバッハ家の子供達も存分にその年中行事を楽しんでいた。エレノアの手が届かないところの実を取ってやろうとしてヴィルヘルムとリヒャルトは競って高い木に登ろうとした。だがいつも勝つのは弟のリヒャルトだった。籠一杯のマルベリーの実をもいで得意げに木から降りてくるリヒャルトの姿を、幼いエレノアはお伽話に出てくる王子様であるかのように目を輝かせて見ていた。


 ……その少し離れたところで、憮然とした表情で半ズボンのポケットに両手を突っ込んで立っているヴィルヘルムの存在など、すっかり忘れて。



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