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マルベリーの木の下で、あなたはわたしの全てを奪う
碓氷シモン
異世界恋愛ロマファン
2024年09月18日
公開日
5,257文字
連載中
戦争は終わったのに、夫は帰ってこない……
大陸全土を巻き込んだ戦争が終わって3年。
かつて帝国と呼ばれていた強大な国は革命が起き、共和国となった。混乱の社会の中、片田舎で息子を育てながら姑に仕え、傾きかけた男爵家を切り盛りするエレノアの元にある日突然、待ち続けた夫ヴィルヘルムが丸6年振りに復員してくる。脚に酷い火傷を負って。だが、彼は本当にヴィルヘルムなのだろうか。なぜなら彼には……

『エレノア、マルベリーの花言葉を知ってるかい?
……共に死のう、だ。』

疑惑と狂気に侵されてゆくエレノアが辿り着いた真実とは……?


▲殺人、死体など、また性的な内容が含まれます。あまり詳細な表現はありませんが、苦手な方はご注意下さい。R-15に該当すると思われるエピソードにはタイトルに*マークを付けております。

プロローグ

「奥様、只今戻りました」


 息を切らしながら部屋に入って来た女中のアンナに声をかけられて、エレノアは書き物机から目線を上げた。


「おかえりアンナ。大変だったでしょう。で、どれぐらい買えた?」

「それが奥様、もう大変なことになっていて。昨日までパン一本で25,000ディレイラだったのが、今日は700,000ディレイラですよ! 一体この国はどうなってしまったんでしょう? 結局買えたのは三本だけでした。買い物籠一杯のお札を持って行ったというのに!」

「700,000ディレイラですって? ……それは困ったわね……」

 エレノアのこめかみがキリキリと痛んだ。一日でパン一本の値段が28倍に値上がり……いいや違う、物の値段が上がったのではない、通貨が暴落し続けているのだ。そもそも昨日の25,000ディレイラという値段自体おかしい。ほんの半年前まではパン一本なんて120ディレイラもしなかったのだから。


「それは大変だったわね。ご苦労様。少し休んで頂戴。後でマルクスを寄越してくれる?」

「承知しました、奥様」


 アンナが書斎を出ていくと、エレノアは両手で額を支えて溜息をついた。

 一体この国はどうなってしまったんでしょう……アンナの言葉が蘇る。


 いつまで持ち堪えられるだろう、そろそろ万策尽きかけているのを認めざるを得ない。

(あなた……どこにいるの……もう戦争は三年も前に終わっているのよ……)

 机の上に飾られた写真立てに視線をやって、再度大きな溜息をついた時、ドアがノックされてエレノアは我に返った。


「奥様、マルクスでございます」

「どうぞ入って」


 ドアが開いて執事のマルクスが書斎に入って来た。

「お呼びでしょうか」

 エレノアは立ち上がると書き物机の後ろにある金庫を開け、封筒を取り出してマルクスに渡しながら言った。

「材木工場の株券よ。銀行に行って現金化してきて頂戴」

「奥様! いけません!」


 マルクスの悲鳴のような叫びをエレノアは静かに制した。

「いいのよ、これだけは残したかったけどもうどうしようもないの。貴方達の給料ももうずっと払えていな……」

「私どもの給料などどうでも良いのです!」

「そうはいかないわ。それに大奥様に不便はさせられないでしょう? ね、マルクス、何も訊かないで」

「奥様……なぜそういつもご自分を犠牲になさるのです。元はと言えば大奥様が国債などに……」


 言いかけたマルクスをエレノアは厳しい声で諌めた。

「無礼ですよ。弁えなさい」


 マルクスがうっ、と黙ったその時、二階から屋敷全体が揺れるような勢いで激しく床を踏み鳴らす音と怒号が聞こえてきた。


「エレノア! エレノア!」

「はい! 大奥様、ただいま!」


 エレノアは顔を二階に向けて大声で叫ぶとマルクスに向き直って言った。

「いいわね、マルクス。頼んだわよ」


 そして足早に書斎を出て行った。


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