ずっと、憧れていた。
「おはようございます!!」
世界には男女性別の他にコスモス性というのがあり、オオハルシャギク、キバナコスモス、チョコレートコスモスが存在した。
といっても全人類にコスモス性があるわけではなく、コスモス性は選ばれた子どもに与えられる大いなる宇宙からの贈り物と言われている。
僕はコスモス性を持って生まれた。コスモス性を持つ子どもは、コスモスの花びらが涙となり、手や体の各所に念じるだけでコスモスを咲かせられるようになり、寿命が短くなる。それも種族によって違って、僕が属するオオハルシャギクは泣いたり、花を出したりしなければ、普通の人たちと同じくらい生きられる。
僕は死ぬのが怖いので、あまり泣かないようにした。花も出さない。普通の人のように生きようと思っていた。——彼に出会うまでは。
「おはよう」
日だまりのような明るい笑顔で笑いかけてくれる泣きボクロの彼はキバナコスモスの子だった。その笑顔が、無理矢理普通に振る舞う僕の心を解かした。
こんなに普通に笑えたなら、どんなにいいだろう。心の支えが氷を溶かすように緩やかに溶けて、僕を楽にしてくれた。そうしたら泣いていて、傍にいた彼が慌てたっけ。
ぽろぽろぽろぽろと白い花びらが落ちていくから、コスモス性を知るみんなは焦ったことだろう。その零れ落ちた花びらの分だけ、僕の命が縮んでいくのだから。
けれど、不思議と怖くなかった。あんなに死ぬのが怖くて泣くのを我慢していたのに、思い切り泣いてしまった方がずっと楽だったのだ。
「大丈夫?」
彼が優しく背中を撫でてくれた、その温もりを今でもよく覚えている。きっと涙が花びらじゃなかったなら、こんな温度なんだろうなって、人間として当たり前の体温を思い出した。
彼は命の恩人だと思っている。そりゃ、大泣きしたから寿命は大いに縮んだことだろうけど、これはそういう問題じゃないのだ。心を殺して生きていくのは、死んでいるのと同じだ。だって、彼の笑顔に感動して、大泣きしたあの日から、曖昧だった僕の鼓動がはっきりと脈打っているのがわかる。それこそが命というものだ。
……と、幼なじみに滔々と語ったところ。
「それ、恋じゃね?」
そう指摘された。頬が熱くなると、そこからばらばらと花が咲いて落ちた。コスモス性を持たない幼なじみはぎょっとして、「勿体な」と花を拾う。
「お前な、いきなり花咲かすなよ。びっくりすんだろ」
「ごめん。でも、今のは無意識で」
弁明すると、幼なじみはにやりと笑った。
「図星ってわけだ」
「や、やめろよ。……それに、恋だとして、オオハルシャギクとキバナコスモスが結ばれることはない」
花と同じで、そこには線引きがある。オオハルシャギクはオオハルシャギク同士でしか結ばれないが数は多い。キバナコスモスは同じキバナコスモスか、希少種のチョコレートコスモスとしか結ばれない。もちろん男女性も反映されるけれど、チョコレートコスモスとキバナコスモスの間には特別婚という制度があって、キバナコスモスとチョコレートコスモスの間でだけ、同性婚も許されているという。
つまり、オオハルシャギクの僕にはキバナコスモスの彼に立ち入る権利もないのだ。
「だからって朝おはようって言うためだけに花壇に水やりするやつに時間合わせて登校すんの? 圧倒的片想いじゃん」
「五月蝿いな。いいじゃん、それくらい」
僕は彼の朗らかな笑顔が毎日の糧なのだ。それくらい欲張ったっていいだろう。
「謙虚だな」
幼なじみはそんな僕をけらけらと笑った。
それでも僕は、彼の顔を見られるだけでよかった。
そのはずだ。
彼に出会ってから、三年が経った頃。
「五十年ぶりのキバナコスモスとチョコレートコスモスの特別婚!!」
ニュースや新聞はそれで賑わっていた。
なんでもチョコレートコスモスは希少すぎてなかなか見つからないとか、嫉妬に狂った他種族に殺されるとか、なかなかな謂れがあって、キバナコスモスとの特別婚の制度こそ設けられてはいるものの、実現するのはチョコレートコスモスの実際の数より少ないらしい。もちろん、僕はそんな短気なことはしない。
いつも通り、彼の顔を見よう、と街を歩いていると、泣きボクロの彼が近づいてきた。
まさか彼の方からこちらに来るなんて思っていなかったものだから、僕はどぎまぎしてしまう。
彼はいつものように、底抜けに明るい笑顔でおはようございます、というと。
「俺、チョコレートコスモスの人と特別婚したんですよ」
……そう、笑顔で報告してきた。
「おめでとう」
僕は祝いの言葉をこぼして、地面を花びらでいっぱいにした。
「そんな泣かなくても……お祝いしてくれてありがとうございます。いつも気にかけてくれるあなたにはちゃんと報告しておきたくて」
「うん、よかったね」
僕は彼と談笑した。それが終わると、学校の裏に向かった。
もう、何もかもがどうでもいい。なんで昔の僕は死ぬことなんかを恐れていたのだろう。
念じる。口に花が咲いた。念じる。頬に花が咲いた。念じる。耳に花が咲いた。念じる。首に花が咲いた。念じる。鎖骨に花が咲いた。念じる。項に花が咲いた。念じる。念じる。念じる。念じ続ける。
いつしか意識が遠退く頃、馬鹿みたいだ、とぼんやり思った。
ダメ元でも気持ちくらい、伝えておくんだった。こんな後悔するくらいなら、あいつの言ったように、これをちゃんと「恋」だと認めて、彼に告白の一つもするんだった。
そんなことを思いながら念じて、僕の意識が途切れ、たぶん命も終わった。
「コスモス性の『自殺』は美しい、とは聞いていたが、想像以上だな、こりゃ」
校舎裏、全身に白いコスモスを咲かせた人形が一つ。コスモス性を持たない少年は幼なじみだったそれを眺めて言った。
コスモス性はこうして、自分の意志で身体中に花を咲かせることで自殺することができる。その命を吸い取って咲いた花は恐ろしいくらいの美しさを放つ。
「花嫁さんみたいだな」
純白のコスモスに包まれた友人に、まるで彼が生きているかのように話しかける。
「あーあ、面倒くせぇやつらだ。コスモス性なんかに振り回されて、死んで。お前が死んだことを、俺はあいつにどう伝えりゃいい? あいつは少なからずお前のことを想ってたのによ」
否それは、少年の本音ではなかった。
「綺麗事なんざいくら言っても俺の心は綺麗になんかならねーや。じゃ、泣きボクロ野郎も道連れにしてやるから、隣にあいつが来るまで待っとけ」
その日の夕方。
「今日、特別婚を発表したばかりのチョコレートコスモスの男性が何者かによって殺害されているのが発見されました。犯人は不明ですが、お相手のキバナコスモスの男性が行方を眩ましており、重要参考人として捜索中です。この事件について、教授はどうお考えですか?」
「遺体の近くに大量のキバナコスモスが散っていたと聞きました。お相手さんが犯人にしても、そうじゃないにしても、生きている可能性が低いんじゃないですかね」
「ありがとうございます。では、次のニュースです」