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第21話

「向井さぁん、助けてください」


「どうされました?」



 本日もGMのケアマネジメント。


 すっかり頼りにされたのか、はたまた愚痴の吐き出し口として最適化されたのか。


 今日も彼女達はお悩みを吐き出した。


 たったの6人でゲームの運営をしてるなんて相当にブラックな企業と普通は思う。


 が、運営の部署はまた別にあり、彼女達はただの事務処理員。

 無理な仕事はさせてないとは千枝さん談。


 それでもストレスは溜まる物で、彼女達の相談役である僕はそれを聞いて導くのがお仕事だ。


 本日の相談相手は那須さんこと『ぼーにゃす』さんだ。



「実は次の合同イベントで困ってまして……」


「ふむふむ。過去に行ったイベントではどんな事をやったんです?」


「それは始まりの16人をもチーフに、新しい企業開発なりスキルに頼らない部分を強化したり。それで大衆食堂さんや産業革命さんが手をあげてくれまして」


「成る程」



 NAFはそろそろ二周年を迎えるので、それに相応しいイベントを何にしたらいいのかとお悩みのようだ。


 考えるまでもなく、始まりの16人モチーフでいいんじゃない?



「僕が思うに、第一回が始まりの16人をもチーフにしたのなら第二回は別の人達に焦点を当てるかどうかの判断で迷ってるように思うんですが」


「はい」


「けど、僕たち運営に協力的な始まりの16人を使わないのはもったいない。そう考えていますね?」


「はい」


「ならば答えは早い。第二回はNPC込みで始まりの16人直々に教えを乞うとかどうだろう? 彼らはすごいと言う噂だけ広まって、実際にどうすごいかまで伝わってないんじゃないかな?」


「それはそうですけど、協力してくれますかね? 行動を縛るのは何よりも嫌うんじゃ?」


「だからNPCの参加もアリにする。今までは興味ありな人にしかイベントは起きなかったけど、それもオフにしてもらって質問に答えるマシーンになってもらうんだ。知識を学ぶまたとない機会だよ」


「技術の漏洩に繋がりませんか?」


「君達は彼らを誤解してるよ」


「え?」


「彼らは誰よりも技術を提供したい側だ。だが、今まではその機会を得られずにいた。それは何故か? 純粋に彼らの会話についていける人物が限られていたからだ。話が弾むたびに専門用語しか出なくなる。その用語の意味をいちいち聞けば機嫌が悪くなる。それくらい勉強してこい。言われた方はいい気分にはならないし、教えを乞う側の知識不足が向こうに相手にされない足枷にもなっていた。でも裏を返せば彼らは話したがり屋だよ?」


「そうだったんですね。でしたらその企画を業務部に届けてきます。今日はご相談に乗っていただきありがとうございました」


「なんのなんの。僕もこれが仕事だからね。企画、通るといいね?」


「それだけが気がかりなんですよね」



 苦笑する彼女は再びモニターに向かって企画をまとめ上げる作業に取り掛かった。



 ◇



 それはそうとして、もしイベントでそんな取り組みが可決されたとして、実際に彼らがどう動くかの意識調査を開始する。



「まぁた面倒なイベントを開こうとしたね。拘束時間が長いと不満が出るよ?」


「なのでNPCの参加を許可しました。今のうちにあっちに情報流しといてください。そのためのNPCですよね?」


「ま、ムーン君の言わんとしてることも分からなくはない」



 ニャッキさんは首を傾げる。


 実際は伝えたところで扱い切れるか疑問の眼差しだ。



「そんなこと言ったら僕のレシピの担い手の方が少ないですよ? うぐぐいすさんは活用してくれてますが、それ以外は皆無だ」


「おいおい、俺たちの希望がそんな悲しそうな顔するなよ」


「ニャッキさん関連で役に立ったことありましたっけ?」


「スライムを除去する装置を開発してくれただろ? あれのおかげで俺の目下の不安要素は飛んだからな」



 あー、あったねそんな事も。


 あれはどっちかといえばミーシャがスライムを食いたいとバカなこと言い始めた実験の果てに生まれた技術だ。


 それが巡り巡ってニャッキさんに届いただけにすぎない。



「ま、たまにはこういうイベントもいいんじゃねぇの? 俺は賛成しとくよ。一人ぐらい賛成が居なきゃ締まらないだろ?」



 一つ貸しな? と言って自室に籠るニャッキさん。


 この人いつログインしても居るな。


 もしかしてNPCだったりするのだろうか? 


 全くご本人と瓜二つでびっくりだ。


 他に聞いてまわればNPCの参加OKなら概ね許可が取れた。


 バリーさんがインするのは明後日か。


 それまでにはそれ以外の許可を取っておけばいいかな?


 僕の場合は手記を提供すればいい気もしなくはない。


 流石にプライベートを根掘り葉掘り聞かれたって答えるつもりは無いけどね。



 ◇



 そんな事があったと千枝さんに持ち掛ければ。



「ええ、ダメですよそんな事!」



 お叱りの声。



「何故です? これを機にもっと僕らのこと知ってもらおうと思っただけですよ」


「実際のところ情報の開示をしたとして、どれだけの人がそれを活用できると思ってるんですか?」


「まぁ、そこは不明瞭だね」


「それじゃあ開示し損です。彼らは自分たちが何もしなくても勝手に生活環境が良くなってる。その中心にいるのが天地創造だ、ぐらいに思わせとけばいいんです」



 横暴だなぁ。


 もっと自分たちだって輝きたいと言う意見を尊重させてあげたりしないんだろうか?



「実際にプレイヤーにはそういうチャンスをあげてました」


「あげてたの?」


「それは勿論。今でこそうちのクランは最大手ですが、立ち上げ当時は力をセーブしてもらって、チャンスをあげてたんです。でもいつまで経ってもそこに自分たちの名前を刻まずに居た。良いですか、そんな欲求があるだろうって考えを持つのは力を持つ側の意思表示でしかないんです。彼らは整った環境でRPGごっこが出来ればそれで構わないんですよ。面倒なことは全部こっち任せです!」



 千枝さんがいつになく興奮してらっしゃる。


 どうどうと落ち着かせ、紅茶を注いだ。


 リラックスできるハーブティーのレシピをミーシャから教わっててよかったよ。



「悪かったよ、僕が考えなしだった」


「分かってくれましたか」


「でもやるだけやってみて、損かどうかはそのあと判断しても良いんじゃないか? 僕のように後からこの世界にやってきた将来有望なプレイヤーだって居ないと言うことはないかもしれないよ?」


「私、間違ってるんですかね?」


「そんな事はないさ。前回はそういう結果に終わった。だからってそこで見切りをつけるのは時期尚早。まだたったの二周年だ。後何年も続けるNAFの未来はたった一回の凡ミスで終わり? 違うよね。それにプレイヤー側が千枝さんの優しさに気がつかなかっただけとも取れるよ?」


「そうなんでしょうか?」


「そうだよ。だって千枝さんのその優しさは手を出さなかっただけで誰にも告知はしなかった。人はさ、みんな違う思考を持って活動してるんだ。中には千枝さんのようになんでも察する事ができる人もいるかも知れない」



 こくりと頷く千枝さんが可愛い。


 けど残念ながら、言わなきゃ分からない人の方が圧倒的に多いのがこの社会だ。


 なんで言ってくれなかったのか! と後から騒ぐプレイヤーのなんと多いことか。



「でも、全員が全員私のようにはいかないと?」


「そうだね、中には出来の悪い人も居る。察する能力が致命的な人。でも腕の良さでは群を抜く。そんな人が野に埋もれてるかもしれない。それこそ機会損失だ。運営こそそんな人達にスポットライトを当てなくてどうする」


「そうですね、腕の良さを拾い上げるのが目的。すでに一つの分野で群を抜くPC時代のプレイヤーも、野に混ざればただの人。と言うことですか?」


「僕がそうだったように、君から救いの手を差し伸べて貰いたい人は多いと思うんだけど、どうだろう?」


「その考えはありませんでした。でしたらやってみる価値はありますね」



 千枝さんは了承してくれた。


 あとはぼーにゃすさんの企画が通るのを待つだけだ。



 ◇



「え、ぽしゃった?」


「はい……どうしましょう、私自信満々で持っていったんですけど、何がいけなかったんでしょうか?」



 翌日、昨日の企画がどうなったか進捗を聞けば、死にそうな顔で干からびてる彼女を発見した。


 企画書を拝見すると、そこには夥しい数の指摘が散見された。


 その内容を鑑みるに、運営に協力的でもNPCだけでは不備が出る。


 失敗した時の責任は誰が取ると思ってるんだと技術部からの非難の声があったようだ。



「特に問題点は見当たりませんが?」


「それでも上は失敗を恐れるんですよぉ、見向きもされなかったらイベント失敗だぞ、と」


「ならば僕からその成功を手助けする調書をプレゼント致します」


「はぇ?」



 あ、普段凛々しい彼女がアホの子みたいになってる。


 流石に突然すぎたか?


 しかし用意するだけして、使わないなんてそれこそ勿体無い。


 僕は始まりの16人全員分のサイン+社長の許可印の押されたプリントをぼーにゃすさんへと手渡した。



「これは!」


「僕から社長に掛け合っておきました。天地創造の皆さんに掛け合い、イベントに参加しても良いかの許可、全ての責任は社長が受け持つのサインも認めております」


「そんな、ここまでしていただけるなんて!」


「僕とて貴方のようなGMが道半ばで潰えていくのを見たくない。僕を社長が拾ってくれたように、今度は僕がこの会社の社員に手を伸ばす番だなと思いました。どうぞ受け取ってください」


「はい、これを叩きつけて今度こそ勝ちを拾ってきますよ!」



 ウヒョーと奇声をあげながら、ぼーにゃすさんがモニターに向かって一心不乱に企画書に取り掛かる。


 周りの同僚が奇異の目でボーにゃすさんをみていた。



「一体どんな紙切れを渡せばあの子がああなるにゃ?」


「社外秘なので」


「んにゃあ! あちしも同業者にゃよ!」



 そうだったっけ? と思いながら口の軽い貝塚さんの探りをあえて振り切った。


 彼女はGM名ぐるぐるあんもにゃい。


 割とうっかりで掲示板で社外秘ですらポロリする前科持ち。


 部署内でも絶対に彼女に情報を持たせるなとは暗黙の了解だった。



 ◇



 後日、勝ち取ってやりましたよぉ! とガッツポーズを見せるぼーにゃすさんの笑顔が眩しく映った。


 今日もこの部署は忙しい一日を迎えようとしていた。


 さぁて、僕もムーンライトとして頑張りますかね。

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