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第10話

 世の中には物事に没入する際に時間を忘れるタイプと、リアルを厭わないタイプがいる。


 時間を忘れるタイプはマニアと定義的に呼ぼう。


 そしてもう一つをガチと呼ばせてもらう。


 僕はどちらかといえばマニア側。


 流石にリアルに影響与えるほどのめり込みはしないさ。


 現実的に考えてね。


 しかしうちのクラン『天地創造』のメンバーは僕以外ガチの人が多い。


 もしや本職がそちら側なのかもしれないけど、だからと言って僕より年下のうぐぐいすさんのガチ具合は少し心配するレベルだった。



 ◇



 僕と同じでマニア側に属するバリー藤堂さんというガラス職人が居る。


 毎週金曜日にしか顔を出さない週末ログイン勢の筆頭で、妻子持ちという勝ち組だ。


 そんな彼から僕宛に少しアイディアを貸してくれないかという依頼が来た。


 依頼提供主はここ最近話題沸騰のクラン『技術革命』さんのマスターであるガロンさんだ。


 ここ最近勢力を増してきているガチ向け探索者用簡易トイレについて要望をいただいているが、さらに改良してほしいとバリーさんに声を掛けてきたのだ。


 どうもバリーさんがこの件に一枚噛んでいたらしい。


 しかしバリーさんは週末ログイン勢。


 ものを作ってくれと頼まれれば時間を見て作り上げることはできるが、それ以外のアイディア出しは専門外。


 そこでちょうど暇を持て余してそうな僕に話が来ていた。


 いや、全然暇じゃないんだよ?


 通常毒の他に麻痺毒、衰弱毒、神経毒、幻惑毒のシロップによる状態異常蓄積で絶賛苦しんでいるのに、当人たちは暇だと定義つけたんだ。参っちゃうよね?



「それで、アイディア出しとは言ってたけど何に困ってるんです?」


「実はこれをさ」



 渡されたのはプラスチック容器で作られたペットボトルだった。


 石油の発掘、加工場も完備している我がクラン『天地創造』では見慣れたものだね。



「これがどうしたんです?」


「それを媒体にして出先でのトイレ問題を解消してるんだが、容量が問題でね?」


「あ、うん」



 聞いたことある。


 確かボトラーだっけ?


 ネット中毒者の一部にトイレに行くのも億劫だからとペットボトルで用を足す猛者がいると聞いたことがある。


 それをVRでもやってしまうのがガチたる所以か。


 頭大丈夫か?



「実際に切り替えるのも手間だし、どうにか切り替えずに中身を消滅させたいらしいんだ。君、そう言う問題解決得意じゃない?」


「いや、あなた僕をなんだと思ってるんですか? 知ってる事以外は専門外ですよ」


「ニャッキさんやワンコさんは対応のプロって言ってるよ? 話振るとだいたい解決するって」


「そりゃたまたま思い当たる節があったからで」


「それをアテにしてるのさ。僕と会社仲間を救うと思ってさ」


「頼む!」



 バリーさんとガロンさんが揃って頭を下げてくる。


 会社仲間というだけあって息ぴったりだ。


 はじまりの16人の知り合い関係全員頭おかしいんじゃないか説。


 諸説あるが、まぁ僕も納得してしまっている点もある。


 しかし中身を一時的に貯めて0にする、か。


 そこで頭の中に過去の研究成果がよぎる。



「あ、一つ思い当たる節があります」


「あるんだ?」



 バリーさんが、マジで? みたいな顔で言う。


 ダメ元だったんかい。


 それに付き合わされる僕と来たらなんて可哀想なんだ。


 それはさておきアイテム袋からとある素材を取り出して見せる。



「スライムコア?」


「ええ、スライムの生態はご存知で?」


「コアに水分を吸わせて肉体の役割をさせる」


「ご名答」


「しかしそれではボトルの中で尿スライムが出来上がるだけではないのか?」



 概ねその通りである。


 だからここから一工夫を加えるのだ。



「確かガロンさんのところで固定ダメージを出す魔道具ありましたよね?」


「あるが、まさかそれでスライムを?」


「ええ、倒します」


「倒しちゃうんだ?」


「でもその場に尿が散るだけでコアは消滅するだろう?」



 ガロンさんやバリーさんが一般知識を披露する。


 でも僕だけが指を左右に振りながらチッチッチと舌を打つ。



「違うんだな〜。実はスライムって不死の存在なんですよ」


「え?」


「そうなのか!」



 二人とも初めて知った! みたいな顔をする。


 通常モンスターの中でとりわけ特殊な存在だからね。


 共通点は弱いと様々あるが、生態系は面白い。



「だってこいつら、倒すと100%コア落とすでしょ?」


「そりゃ」


「そういうもんだって認識だよな」


「でもスライムコアって水に浸すとスライムに戻るじゃないですか?」


「そうだな……って、ああっ、そういう事か!」


「おい、藤堂。一人だけ分かってないで俺にも教えろよ」


「つまりムーンライト君はこう言いたいわけだな? スライムはコアをアイテム化させる事でコールドスリープしていると?」


「正解。流石始まりの16人ですね。見事な推察ですバリーさん」


「君もそのうちの一人じゃないか」


「まぁ、これに気づいてる人は僕以外にもいるでしょう。ヒントはそこらじゅうに転がってますからね」


「いや、誰も気づかねぇよ、こんなの」



 節穴かな? 僕だって気づいた事だぞ?


 研究してればわかるでしょ。



「つまりボトルいっぱいまで溜まったら厚底にしてある蓋を開けてコアを解放。尿スライムにした後固定ダメージを与えてコアをボトル内にドロップさせる流れでいいのか?」


「ええ。ただこれをやるに至って色々問題が」


「なんだ?」


「スライムは弱いですが馬鹿じゃないので急に尿を飲ませると嫌がると思うんです。最悪暴れかねない」


「まぁそうだよな。普段は森の綺麗な水で肉体作ってんのにいきなり排泄物の中に放り込まれたらキレて暴れるのが道理だ」


「なのでコアを複数個用意して、回収した尿で慣れさせてから定着させる流れが良さそうですね。もちろん、スライムが暴れた程度で壊れる入れ物は論外です」


「なんかいきなりハードル上がってねーか?」


「いや、明確に答えが出てきてるんだよ。道のりが面倒くさいだけで」


「どうせここにはその道のプロフェッショナルがいますし、相談するだけしてみたらどうです?」


「そうするわ。いやー、やっぱり頼って正解だったよ。ありがとうね、ムーンライト君!」


「流石の偉人っぷりだったぜ。天地創造のクラマスの推しっぷりも理解できるほどだったぜ」


「僕のアイディアが役に立てたのなら良かったです」



 そのあと僕は毒の蓄積による状態異常耐性の獲得作業に戻った。


 道ゆくクランメンバーから変人を見る目で見られるが、僕は普通だ。


 みんな程ガチじゃないから普通のはずなんだ。



 ◇



 後日、ガロンさんがやってきて完成品を僕の前に持ってきてくれた。


 それはベルトと一体化しており、右に三本のボトルがセットしてあり、左側にスライムコアと固定ダメージを与える魔道具がセットされていた。


 三本がフルになると、コアのボトルに通されるようだ。


 コアのボトルまで通ると三本は空になり、コアにダメージを与えるとコアがその場に残る。


 ベルトの中央に光る魔道具が設置されており、それを見ればボトルが何本溜まっているかわかるようだ。


 黄色い光が赤くなったらスライムになっているので、ベルトの左横についてる紐を引っ張ると魔道具が作動する仕掛け。


 まだ試作段階だから直接販売は控えるが、軽さといい機能性といいガチ勢からも人気が出そうだとガロンさんは語っていた。


 その二週間くらい後か、見たことのある装備をつけてるんるん気分で外に出かけるうぐぐいすさんを見たのは。


 やっぱり彼女はガチ勢なのだなぁとしみじみ思うのだった。


 僕は死んでもあの装備の世話にはならないぞと心に誓う。


 その昼過ぎ、僕宛に一通のメールがあった。


 差出人は美沙ちゃんだ。


 アカウントはミーシャとなっている。


 当時僕が彼女を見分けられたのは、見た目をいじってなかったからなんだよね。


 僕の方は少しだけ弄っていたから向こうからはわからなかったみたいだ。


 実は彼女の名前はキラキラネーム。


 本当の読みはそっちなのだそうだ。


 だからゲームなどで遊ぶときは本名の方がバレないと後から教えてくれた。


 オーナーは本人が嫌がってるのを察して美沙と通常通りの呼び方をしていたようだね。


 そういう優しさに溢れた人だったなぁ。


 あれからもミーシャちゃんは喫茶に新しい毒物メニューを揃えていたし、楽しんでくれているようだった。


 別に毒物じゃ無くてもいいよと言ったんだけど、味にこだわるとどうしても毒になるようだった。


 今日もまた採算度外視の研究をしているのだろうか?


 そんな彼女からのメール内容は、


 “スライムって食べたら美味しいんですかねぇ?”


 と言うものだった。


 どうやら彼女は毒物料理にのめり込みすぎて危険な領域に首を突っ込もうとしているらしい。


 あれらは文字通り水分を体組織として動かす事でブルーはゼリー状、グリーンは寒天状、赤はジュレのようにしてるだけで本来口に入れるものじゃない。


 もしそれを承知で行おうとしているのなら、一体どれほどの状態異常を乗り越えるつもりなのか?


 僕は何も見なかったことにして作業に戻った。


 あいにくと彼女の願望に応えてあげられるほど僕の手札は多くない。


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