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第8話

 うぐぐいすさんとの食事を終えた後、トイレ休憩を挟んで再び研究を開始する。


 まぁ、トイレと言っても指定された場所にあるモノリスにタッチするだけで直接排泄行動をするわけではないのだけど。


 小も大も、お腹が緩くても。


 状態によってはタッチする時間が変わるくらいだ。尿くらいならば5秒。


 便意なら5分。


 腹痛を伴う便意だとそれに応じた拘束時間が頭の上に表示される。


 その間暇なのでそのエリアではテーブルや椅子などが置かれ、軽い雑談を取るプレイヤーが多かったりする。


 特に毒物にあたったプレイヤーは拘束時間が長いので暇を持て余すので、その対処だろう。


 真っ先に毒物を摂取しに行く僕も、その場所にお世話になることだろう。今のうちに交友を築いておくのも悪くない。


 が、うぐぐいすさんに引き止められた。


 トイレならクランにもあるので無理に交友関係を築くこともない。


 というか、表沙汰にしたくないといったのは誰だったか? そう咎められて従う。


 そんなに怒らなくても良いのにね。


 やっぱり名前変えるべきかなぁ?


 そう尋ねたら、変えたところで今後発見者の名前が表沙汰にされるのでしてもしなくても同じなのだとか。


 なら今のクランの庇護下に置かれてる方が有名NPC扱いをされるから、まだマシだと説き伏せられてしまった。


 どれだけ僕に固執しているのやら。


 酔っていた彼女はトイレ休憩のあとすっかり酩酊状態が抜け、弱みを見せない。普段の気丈な彼女に戻っている。


 まぁ、僕は僕のやりたいことをやるだけさ。


 その過程で毒物を摂取するのは言わずもがななんだけどね?



 ◇ ◇ ◇ ◇



 お昼から夕方までは体内に毒を蓄積させる作業を続けた。


 状態異常の複数摂取は流石に堪えるが、解毒シロップも同じくらい併用して効果を薄めている。


 PC版ならHPが減る程度で済んだけど、VR版はなまじ冷や汗や体の冷え、腹痛などが来るから容易ではない。


 何度もクランに戻りましょうと打診されたけど、僕は大丈夫だからと彼女の提案を制し続けた。


 状態異常に耐え続けること五時間。


 HPをその毒で200%減らすことによってようやく得られる耐性が生えた。


 ちなみに一種類につき五時間である。


 なので僕は植物毒、動物毒、昆虫毒、菌糸毒のグレードⅠを同時に摂取したわけである。


 ついでにポーションで回復も忘れない。


 低級ポーションは単純に薬効が薄いし量もある。


 なのですっ飛ばして中級ポーションを制作しながらの耐久だった。



「センパイ、サラッと作ってますけど。毒物を作った乳鉢と同じ奴でポーションを作って平気なんですか?」


「平気じゃないぞ?」


「え、でも見たところ同じ奴で作ってる様に見えますけど?」



 同じ様に見えて同じではない。


 それが僕のレシピにある洗浄糊の効果によるものだった。


 これは草原フィールドで手に入る素材で製作可能で、乳鉢に染み込んだ細かな毒素を真上から塗り込むことでキャッチする。


 時間をおけば固まって弾力のあるゼリー状になるので、それを引き剥がすことによって新品同様になる優れものだ。


 それを伝えたら彼女は目の色を輝かせてこう言った。



「それ、スクラブです!?」


「なにそれ?」


「あー、わかりませんか。現代にもある洗顔料の一種で、泥や塩。炊いたお米なんかの粘り気のある素材をもとに作られた肌に詰まった汚れや皮脂なんかを綺麗さっぱり落とす様なものなんですよ」


「あー、あれね。わかるわかる」



 なんかテレビのCMで見た気がする。


 よくは知らないけど女性は愛用してるらしいね。


 よくは知らないけど。



「それ、分かっていながらなんでそう書いてくれなかったんです?」


「誠に残念ながら、その言葉を存じ上げなかったもので。あいにく僕の知識には偏りがあるんだよ」


「レシピを教えてください。ミントちゃんに作ってもらいますから! これは革命ですよ! まさに女性の肌の救世主です!」



 すっかり上下関係が透けて見える発言をしてくる後輩殿。


 なんだったらあのクランのパトロンは彼女か?



「なんならこのレシピはポーション関連の手記に掲示されてるはずだけど、虫食いなんだっけ?」


「……残念なことに、一つの手記から読み取れるのは全体の30%程で。一部はページが謎の液体で消えかけていたり、なんだったらページごとどこかに行ってしまったものすらあります」


「あちゃあ」



 どうも保存状態が悪かったらしく、発見時はほとんど風化して読み物としての質は低かった様だ。


 そんな手記を大切に保管して、解明までするなんて彼女には頭が上がらないね。


 いや、僕がログインしなくなってから五年。


 最後に見つけたのが彼女なら彼女の監督不行き届きな気もするけど、多くは言うまい。


 実装した運営の思惑もあるだろうからね。


 ここの運営は意地悪だから、全部見せるつもりはないんだろうな。


 だから僕は彼女から教えてもらったクラン専用チャンネルで覚えてる限りのレシピの開示を行った。


 これによって僕しか知らないレシピが、クランメンバーがいつでもどこでも見て取れるというものだ。


 一見僕からしてみたら用途不明なものも、同時に記載した諸情報でどういうものか知れるという点も大きい。


 項目は複数あり、まずクリーム状かオイル、ローション、接着剤、軟膏などのタイプを示すもの。


 次に効果。


 これらは能力の付与、または耐性のグレードを表記したものである。例えば[+切断*Ⅲ]や[火炎耐性*Ⅰ]など多岐にわたる。


 実際にコント用のハリセンに切断効果をつけて刃物と同様の扱いをしたりなんかもできるのだ。


 そんなの扱える人はなかなかいないけどね。


 ツッコミのつもりで放っても殺傷力がありすぎて困ると早々に使用禁止になったくらいだ。


 専用チャンネルの良いところは、クランメンバーが実際に使ってみてその感想を直接書き込める点にある。


 過去にご一緒したメンバーからは、一度使用したことのあるオイルや接着剤の強い要望があるので、僕はレシピの再現をしつつ、クランに貢献していく感じかな?


 クランマスターであるうぐぐいすさんは、他のプレイヤーにも有効利用できそうなやつをピックアップして開示しているみたいだ。


 なんせクランメンバーは専門用語しか話さないので理解が追いつかないらしい。


 逆に僕のは偏った知識で書かれてるが、まだわかるレベルだそうだ。


 その言葉の端々から日頃の苦労が窺える。



「まぁ、これからはなるべくチャンネルにレシピを書き込む様にするから元気出してよ。僕もVR版の全てを知ってるわけじゃないからさ」


「そのお言葉だけでもうだいぶ救われてますセンパイ」


「じゃあ、これからは僕関連の情報開示は全部クランに丸投げして良いかな?」


「ええ、お任せください! そのためのクランですから!」



 胸を張る彼女はどこか誇らしげだ。



「さて、そろそろ良いお時間なのでログアウトしようかな?」


「お疲れ様です、センパイ」


「うぐぐいすさんはお仕事の方は平気なの?」



 早朝2時からかれこれ6時間。


 朝8時なら出勤とかであれこれ準備もあるだろう。



「社長出勤なので多少遅れても大丈夫なのです」


「羨ましいな。僕なんて少しでも遅刻したらすごくドヤされるのに」


「センパイは今も◯△商事ですか?」


「いや、今は無職だよ。上司の都合で辞めさせられてね。ハローワークのお世話になってる。また就活しなきゃだ。それまではのんびりゲームにインでもしてるさ」


「なるほど……」



 なんか身の上話をしていたら、後輩殿の目つきが鋭くなるのを感じた。


 いつどこで会ったかわからない謎の多い彼女。


 僕はログアウト後、ベッドですやすやと安らかな寝息を立てた。


 きっと起きる頃には昼過ぎだろう。



 ◇◆◇◆



 その日、鍵付きのチャットルームにて『役員会』が発足された。


 会長Uによる密告。


 役員W、役員T、役員N、役員Kによりどの様に対処すべきかが議論され、直接的罰は会長Uが下すことに決定した。


 それ以外の役員は持ち株を手放す事で処罰する事で可決する。


 その日、持ち株の60%を売り渡された大手貿易会社が未曾有の危機に陥ったとかなんとか。


 株価はそこから下がり続け、過去最安値を叩き出した。


 その貿易会社はつい数日前までムーンライトが所属していた場所であり、たった一人の首を切った結末がそこに集約していた。


 果たして謎の役員会の会員達とは一体?


 彼らの会議が決まる時、社会に大きな波風が立つのは確かだった。


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