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第5話

 うぐぐいすさんに呼ばれてエントランスへと赴けば、そこには他プレイヤーへと販売しているレシピがびっしりと額縁に入れて置かれていた。


 それを眺めて温かい笑みを浮かべるうぐぐいすさん。



「ごめんね、待たせてしまったかな?」


「いいえ。ここでは時を忘れてしまうので待ったという感覚はありません」



 それは暗に待ってたと言っているようなものじゃないの。



「そう言えば掲示板で君の活躍を見てきたよ。凄いね、僕では示せなかった道があのレシピ群を活かしている。他の方達はきっと君の呼びかけに大きく関心を示したと思うよ」



 質問を切り替える。


 しかしうぐぐいすさんの様子は変わらず控えめだった。


 僕の発見は偶然の産物だ。


 彼女はそれを横取りした気持ちでいっぱいなのだろう、僕に責められんではないかと気落ちしているのかもしれない。


 全く逆だと言うのにね。



「そんな、私なんかセンパイの功績にあやかってるだけですよ」


「うん、別にそれでもいいんじゃないかな」


「えっ?」


「僕は別にね、うぐぐいすさんが僕の手記を見つけて拡散したことについて咎めるつもりはないんだ。なんで今現在僕なんかにスポットライトが浴びているのか不思議でならなかった。その意味を知るためにあれこれ疑ってかかってはいたけどね。そもそも僕でさえ扱いきれなかった情報群を、見つけ出して役割を当てはめてくれたのは一種の才能だと思ってる。ほら、僕達って始まりのなんたらとか呼ばれてるけど蓋を開ければ自分勝手な奴らの集まりでしょ? 自分の研究さえできればそれでいいとさえ思ってるから、他人は二の次なんだ。だから本来の意味でのMMOに全く向いてない人種なんだよね」



 これは本当。


 ニャッキさんですらその事を認めてるし、自分の興味ある事をやってるだけで、他人のためにその時間を使うことはない。



「そこで君だ。君と言う存在がレシピの開示をきっかけに周囲に呼びかけてくれたことで、僕達は初めてスポットライトを当てられる存在へと至った。それまではマイナーすぎるゲームに没入する事でしか時間を潰すことしかできなかった暇人の集まり。それに君が意味を与えてくれたんだよ、うぐぐいすさん。僕は君こそ全プレイヤーに注目される人物であると自慢したいぐらいだ」


「そんな……私なんて」


「と、まあ僕からはこれくらいかな。次はうぐぐいすさんの番」


「私ですか?」


「うん、僕に何か伝えたくて呼んだんでしょ? 僕はそれが聞きたいな」


「はい」



 うぐぐいすさんは短く返事をし、すごく間をためた後にぽつぽつと語りだす。


 それはこのゲームがまだ一切の開拓がされていなかった頃に発見された僕の手記についてだった。


 彼女は僕がゲームを離れてから二年後にNAFにインし、その複雑さに心を折られたプレイヤーの一人だった。


 状態異常の種類でさえ100パターンあり、毒も植物由来か動物由来、昆虫由来、細菌由来で分かれ、なんだったら対処法すらその全てにおいて事細かく分かれてるくらい。


 武器一つ取ったって通用するモンスターが変わり、冒険者としての活動は早々に打ち切られた。


 単純に武器すら売ってないこの世界で、開拓者になるなんて夢のまた夢なのだと悟ってしまったようだ。


 まあ他の人達も開拓そっちのけで自分勝手な事をやってたからね。


 そこで居残り組と交流を結んでるうちに僕の話が出てきたようだ。


 この世界でとびっきりの変人として植物や土、樹液、樹皮、水質、地質、空気の薄い場所でのモンスターの分布図の深いところまで研究をしていたものとして紹介されたのが始まりだったらしい。


 そして僕が残した手記を見つけて一喜一憂したのを皮切りに、すっかり僕のファンになったそうだ。


 きっかけはなんでも良かったのかもしれない。


 現状を打破するのに必要な道具は目の前にあるのだから。


 でもそこに至るまでが至難の業。


 特にゲームだからとそこに焦点を絞らない、絞れない。


 視界の外に起きがちになってしまう。


 NAFってそんなゲームなんだ。


 目先のファンタジー要素、モンスター、剣と魔法にうつつを抜かせば足を掬われる。


 もっと事細かに突き詰めた数学術式によってこの世界は構築されている。


 例えば天気が雨の時、動物系モンスターは現れないなど。


 雨に濡れるとスタミナの消費が早いなど、普通ではあり得ないことが起きるのがNAFの日常。


 逆に植物などが異常繁殖して動物型モンスターの生息地を圧迫するなんてこともあった。


 僕の手記にはそんな冒険をする上ではどうでもいい情報がびっしり書き込まれている。


 彼女がそれを見てなにを思ったかまでは話の節々で感じることができた。


 ああ、きっと彼女も僕達と同じような人種なんだと割り切れるくらいには。



「私はその日からセンパイがずっとこちらにくる事を願っていました」


「僕はVR版が出てるなんて思ってもみやしなかったけどね」



 辞めたのは5年前。


 そしてこのVR版NAFが正式オープンしたのは1年前。


 丁度僕が業績を落として窓際に移動された時くらいだ。


 知っていたとしても、残業に次ぐ連勤で遊びに回す時間もなかった。


 今はそのおかげで時間に余裕ができた。


 だからってあの会社に感謝することはないけど。



「では、運命ですね」


「そう言うことにしておいてくれ」



 伸ばされた手を掴み、笑い合う。



「さて、私の目的はセンパイを強力サポートする事です。その為でしたらなんでもしますのでなんでも言ってください」


「その点については非常に助かっているよ。カリカリ梅さんを通じて僕を導いてくれたのは君だろう?」



 バレていましたか、と悪気も見せずに下をぺろっと出す。


 見た目は幼く見えるが、きっと成人してるだろう。


 NAFは一応成人指定ゲームだからな。


 エッチな意味合いというよりも、グロの方の意味でのR18G。


 このゲームの細かさは発汗から尿意に至るまで設定されており、少しでもタイミングを見誤れば全滅が確定するクソゲー。


 そしてVRになった事で余計な状態異常も加わったことも確かだ。


 気のせいかもしれないが、ニャッキさんやワンコさんに日焼けの後が見られた。


 きっと日射病やら熱中症まで加わっているだろう。


 じっとしている時間が惜しいとし、行動する際は一緒についてきてもらうことにしてもらった。


 要は第三者が絡んできたときの説明役を頼む形だ。


 その際僕の身分はクランメンバーでも伝説のNPCでも良いとした。


 要は僕の邪魔さえしなければいいのだ。


 しかしそれは外出時にのみ限られる。


 資材集めが終われば僕は研究室に篭るからね。


 その成果はクランの人たちに分け合う事にする。


 そもそも、もともと何かを作りたくてと言うよりは研究したいが先に来るのだ。


 シロップやポーションとかは副産物にすぎない。



 クランを出て、街の外に出る。


 街の中での研究対象は一杯あるが、それよりも先に過去の成果によるこちらでの変化を知っておきたい好奇心が最優先された。


 平原に着いたら早速地質調査開始。


 草の付け根、根付いた土の感触。


 湿り気具合を検証しつつ持ち帰る。


 ついでに生物学も一緒に見てしまおう。


 このゲームは細かいのでモンスターは動物種や巨大昆虫には限らない。


 取るに足らない小柄昆虫の中にも病原菌が混ざり込んでいるのだ。


 見た目こそ見違えるように発展しているように見えるが、花屋のおばちゃんの言葉が気にかかった。


 ポーションの開発が遅れている懸念点。


 僕の手記の全てが回復薬について示されているわけではないのは今更だが、偶然発見した中に記されていた手記にあったからと今は持ち上げられてるみたいだった。



「うぐぐいすさん、僕の手記のナンバリングは幾つまで発見されている?」


「ええと、現状27冊までです。本来の冊数を知らないので全体の何%かは知りませんが」


「そうか、まあそうだよね。僕はどうでもいい情報までまとめる癖があるから、普通に700冊はあるんだ。中には虫の生態系だけで10冊埋めてるのもある。進化パターンとか詳細に書いてるから苦手なら読まないほうがいいよ?」


「そうしておきます」



 彼女はわかりやすいくらい顔を青くしていた。


 このゲームの昆虫の人類殺傷率は動物型モンスターを上回るからなぁ。


 死んで教会に戻るより、死後にウイルスを撒き散らすタイプの昆虫が実に多い。


 序盤の草原なんてそいつらの生息域だって言うんだから開発も意地が悪いよ。


 だいたいは虫下しを飲めば治るとは言え、それに至るまでのレシピのヒントは0と来たもんだ。


 さて、早速調合を開始する。


 草原で手に入る素材なんてピンキリで言えばキリも良いところだが、それでもなにもできないわけじゃない奥深さがある。


 取り出しましたるはすりこぎ棒と乳鉢。


 それに草原の草、よく洗った根っ子をポト蜜で引き伸ばしながらシロップにする。


 これから検証するのは味だ。


 五感体感型による弊害の一つ、味は僕にどんな興味を示させてくれるのだろうか?


 乳鉢のついでに作ったおちょこに、すり潰した草の根シロップを入れて、一口。


 僕はうえっと舌を出す。


 それはとても苦い。密に浸してなお、草の匂いが強く出たえぐみの塊だった。



「あの、なにをしてるんでしょうか?」



 うぐぐいすさんが困惑しながら僕を眺める。



「味の検証だよ。そら、すぐに反応が出た」



<ムーンライトは毒*Ⅰに冒された>



 ログに現れる文字は残念ながら僕にしか見えない。


 これでわかるのは、この草原に生えてる草は毒物だから好んで食べる動物は居ない。


 若しくは毒に耐性を持つ相手ぐらいだろうってことだ。



「質問! うぐぐいす先生」


「はい、なんでしょう?」


「このエリアに生息するモンスターに毒物が有効なモンスターに心当たりは?」


「まず毒物の入手ができてません。よって、効果を見極める手段が現状ありません」


「えっ、この草からすりつぶしただけで入手可能なのに?」


「えっ?」


「えっ」



 僕何か変なこと言ったかなぁ?


 うぐぐいすさんが衝撃の事実を知ったとばかりに僕と乳鉢の中身を交互に覗き込んだ。


 やはり僕の地道な検証方法は、まだこのゲームのプレイヤーには早すぎるみたいだ。


 変人だなんて言われてしまうのも頷ける気がした。


 まぁ、毒物が作れるんなら解毒薬も作れるのもこのゲームの良いところ。


 もう一度作った毒液に、セセギの花粉をまぶして寝かせると、解毒薬は簡単に出来上がる。


 セセギの花は花屋さんでも簡単に買えるので毒消し薬入門なところがあるよね。


 それを笑いながらうぐぐいすさんに話したら「聞いたことないです」と絶句された。


 あれー? 

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