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余暇人のVRMMO誌〜就活前にハマっていたマイナーゲームにログインしなくなって五年、久しぶりにインしたら伝説になっていた
双葉鳴
ゲームVRゲーム
2024年09月18日
公開日
174,943文字
完結
細かいことが好きで、何かにつけてメモをつけるのを趣味にしている男、向井明人(23)はあまりにも社会不適合者だった。
それでも地獄の就活を乗り越え、ブラックな運営を会社に就職。
しかし人の良さに漬け込まれて上司や同僚から搾取のかぎりを受けていた。

そんな明人の年貢の納め時。過剰な仕事を請け負わされ、数日入院している間に勝手に席を奪われていた。
突如暇を持て余すことになった明人。

そこで高校時代に遊んでいたゲームによく似たソフトにゲームショップで出会った。

New Arkadia Frontier。
あまりにも作り込みが細かすぎて難易度がアホみたいに高く、プレイヤーが激減してサービス終了に追い込まれたPCゲームだった。
それがハードをVRMMOに置き換えて新発売。
どう考えてもコケる未来しか見えなかったが、思いの外接続数が高いと聞いて「開発が正気を取り戻したか?」と思って初めて見たら予想の斜め上に進化して頭を抱える問題が山積みになっていた。

明人はムーンライトと名を変えてログイン。
そこでなぜか注目を浴びてしまった。いや、普通に前作知識を披露していただけだが?

しかしこの時僕は知らなかった。
そんなことができる存在は『始まりの16人』と呼ばれる伝説の存在だけ。
そのうちの一人が他ならぬムーンライトで、NPCまでその名を称えるほどだった。

何がどうなってこうなったのか。
昔の伝手に連絡を取り、そこで詳細を知る。
なんと昔の活動が運営に取り上げられ、それを反映させた状態でサービスをスタートしたのだそうだ。
なんでそんな真似をしたかといえば、その情報のない状態でβテストをした結果、あまりにも死屍累々だったのだそうだ。

今でこそ開拓が進み、モンスターの活動圏内がプレイヤーの活動範囲外まで押し込められている。
この状態だからこそ、サービスが開始でき、だからこそ自分の残した手記が以てはやされたと知って。

「ふぅん。あの会社がVRという環境を手に入れてどんな進化をしたのか興味があるな」

ムーンライトはNAFでの活動を再開した。
その活動に注目した、ムーンライトを『先輩』と慕ってくる女性『うぐぐいす』と共に『ムーンライト』の目的の特にない当てずっぽうな生活が始まった。

第1話

「これは、いったいどう言う事だ?」



 周囲には人・人・人。これが同じNAFなのかとお上りさんのように周囲を見回してしまう。


 同時接続人数は実に数万人にも至る。

 これが最大ではなく、平日の一番人が少ない時間だと言うのだから驚きだ。


 NPCは店から出ず、外にいるのは全部プレイヤー。


 PC時代からの仕様は変わらないと言うのに、こんなマゾゲーが今更人に受けるのか?


 流行とは全く分からないものだ。


 僕がこの前作とされるゲームにインしていた頃、接続数は10あればいい方だった。


 それくらいの過疎ゲーで。


 顔を合わせれば近況を語り合うぐらいの仲間達。


 自分と違うプレイスタイルは勉強になるし、自分のやってる事も他の人から見たら勉強になる。


 お互いに切磋琢磨し合っていたから毎日が楽しかった。


 ただこれからって言う時に仕事が決まってインする時間が減っちゃったんだよなぁ。


 お陰様でお金を使う前に体を壊して、入院が続くようならもう来なくていいと病院に電話が来た。


 会社に行くと自主退職するようにと言われてそのまますごすごと戻ってきたんだ。


 暇になってしまったので始めてしまったVRMMO。


 懐かしいタイトルに惹かれ、手にしたらハードが違うんだもん。

 ハードから買い替えて今に至ると言うわけだ。


 なんでもVR作品の中でも群を抜いてビジュアルが良く、五感に訴える細かい作りが好評だったらしい。


 さすがNAF。


 PC時代から「細かすぎwww」と突っ込まれまくったNAFならばこれくらいやってくれなければな。


 しかしなんだ? やたらと周囲から温かい目で見られるな。


 ご新規さんはそんなに珍しいだろうか?


 そう思うと少し居心地が悪いな。


 逃げ出すように軒先へ。


 店の入り口から外れて背を預け、天を仰いで日光からの紫外線に目を細める。


 凄いな、ここまで現実を再現してるとは。


 入院してた日数が多かったから特に日光が眩しいや。


 それに土の質感。


 指で触ってのの字を書くと、指先に付着する砂が風に乗って鼻腔に届いた。


 これはきっと味まで再現されてるな。


 面白い。


 PC版のNAFからどこまで進化しているのやら。


 今話題というだけある。


 僕はまずはじめの一歩として、冒険者ギルド……には向かわず花屋を覗いた。


 疲労回復のシロップなんかは多くの素材が花の蜜から取れる。


 これは僕が足を運んでようやく入手した情報なんだけどね。



「こんにちは、あら。あなたもムーンライト様に憧れているのね」


「憧れ……? と言うのは?」


「知らないのかい? 今から50年前、この何もない大地に歴史を作った始まりの16人という方達がいるのさ。ムーンライト様はそのうちの一人でね。特に薬学や染物、本の知識にお詳しくてね。このセドーイの図書館の殆どがムーンライト様の手書きだって言う噂さ」


「そうだったんですね」



 始まりの16人って何?


 しかも50年前……て!?


 まさかあれから10倍速で時が進んでいる感じ?


 誰か知り合いとか居ないだろうか?


 話についていけなくて急に心細くなってきたぞ?



「それで、何を包む?」


「ポトのを二つ。それとセセギの花を二束。カリクィの実は……時期じゃないか」



 五年前を思い出しつつ、とある薬品を作るべく素材の選定をする。


 しかし商品の並びを見て瞬時に季節を読み取った僕は、しくじったかと頭をかいた。



「その名前にするだけあってよく勉強してるね。でもカリクィの実自体の供給が少なくてね。そもそも高級ポーションまで手が回ってないんだよ。あんた、ムーンライト様を尊敬してるなら頑張っておくれよ!」



 店主のおばちゃんに背を叩かれた。


 少し当たりが強い感じだが、それだけ期待されてるのだろう。


 お金を支払い、包みを受け取る。


 素材は指定した量より気持ち多めに入っていた。


 どうやら期待されてるようである。


 あまりゲームに影響を与えてないとされてる僕ですらこれだ。


 『カリカリ梅』や『ワンコ狼』達はいったいどれほど持ち上げられているのやら。


 あっちはあっちでこの何もない世界に技術革命を起こすんだって躍起になっていたからなあ。


 一からツルハシを作って炭鉱掘りしてたり、パワフルだった。


 彼らとは趣は違えど、一つのことに集中するのは同じ。


 たまに交わす会話はとても為になるのだ。


 と、そうそう。


 調薬に入る前にあれも買っておかなければ。



「はいよ、簡易木工キットは50ルクだよ」


「丁度あります」


「毎度あり」



 簡易木工キットは彫刻刀やノミ、トンカチなどが含まれる木工キット。


 調薬キットもあるんだけど、買えば高い上に初期の調薬ではまず扱わない蒸留瓶も入る為非常に高価だ。


 序盤を凌ぐのだったらこれを使って自作したほうが早いまである。



「さて、と。ここでいいかな?」



 街の街路樹に落ちてる枯れ木を拾い、その根元に座り込んで木工作業。


 コツコツ、黙々とした作業にすっかり没入してしまった。


 気がつけば何やら周囲が騒がしくなっており、我慢を堪えられず一人の少女が話しかけてきた。



「あの、ここで何をしてるんですか? クエストですか?」



 クエスト?


 なんだそれは。


 NAFにそんなわかりやすいものがあったなんて知らないな。


 僕は少女に対してなんて答えていいか分からず、愛想笑いを浮かべる。



「いや、こういった木材を見てると色々試したくなってしまう性分でね。これくらいの木材でも。加工次第でこうなるんだ」


 僕は伸ばした木の表皮にそこら辺の土を盛って被せて形を整える。


 街路樹のために用意された土は柔らかく、程よく粘り気のある赤土だ。


 これらは粘土にも通じる素材で、先ほど買ったポトの花蜜を垂らすと粘り気のあった土がカチカチに固まった。


 原理は一切わからないのだけど、赤土と合わせるとこのように固まってしまうのだ。


 これを用いて僕は乳鉢を作り上げる。


 NAFの時に比べてこの街は水路が確保されている。


 『ニャッキ小次郎』さんの努力の賜物だな。


 あの人も僕と同じでどうにかして水源の確保に躍起になっていた方だ。


 僕がインしてる頃はまだ達成されてなかったようだけど、知らないうちに達成されていたようだ。


 乳鉢を噴水の水でざぶざぶ洗って乾かし、さっき加工した木を合板にして作ったすりこぎ棒もざぶざぶ洗う。



「本当に、一から作っちゃってるんですね。あの、もしかしてあなた様は、かの有名なムーンライト様でしょうか?」


「……はい?」



 たしかに僕はムーンライトだ。


 かの有名な、とのくだりは非常に気になるが、なぜ有名になったかは知らないでいる。


 どうせなら詳しく聞くチャンスか?


 僕は興奮を隠せない少女に少し付き合うことにした。

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