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Roaring 05. 美女ホイホイ



「やあ、お嬢さん。起きたか?」

「えっ……」


 目が覚めると、目に入ってきたのは、カーテンの隙間からベッドの上に漏れる光の筋であり、なぜかちゅんちゅんと近くで雀が鳴いていることだった。

 そして、見知らぬ男がすぐ傍らで大きな欠伸をしている。アメリアはビクッと震え、目を見開いて弾かれるように立ち上がった。


「なななっ、あなたは……」

「ふわあああ~、よう、昨日の夜は……なんだ、あれだ、楽しかったな。俺はお前にすっかりメロメロになっちまったぜ。えーっと……」

「ええっ、なんの話ですか! ちょっと! 全然、記憶にないんですけど!」

「んあ? ……なんだ、よく見ると獣人のガキじゃねーか。なんでここにガキが紛れ込んでるんだ? あー、やめやめ。魔力の無駄だ」


 男はポリポリと頭を掻くと、先ほどから雀の泣き声を流していた枕もとのレコードを止め、カーテンを開けて昼の光を取り込み、ぐっと伸びをした。


「また損しちまったかな。……あー、なんか悪いな。これはおこちゃま用じゃなくて、もっと大人のアダルト向けなんだ。まあ、でも自信持っていいよ。俺の〈美女ホイホイビューティフル・キャッチャー〉に引っ掛かったってことは、お前には素質があるってこった」

「いや、素質とか意味わかんないんですけど! あなた誰ですか!」

アメリアは叫び、懐から杖を抜いて男に向けた。

「おいおい、物騒な真似するんじゃないよ。お前が訪ねてきたんだろうが」

「訪ねてって……えっ!」


 そう言われて、瞬時に気を失う前の記憶が蘇った。


「ダーティ魔法探偵事務所!」

「そうだよ。どーも、魔法探偵のダーティだ。ご依頼は?」

「えっ、魔法探偵? あなたが……」

「そうそう。まあ、適当にかけろよ。散らかってるけどな」


 ダーティはふらふらと床に置かれたコミック雑誌の山をよけながら、大きなデスクに腰かけた。机の上に置かれた書類の山で顔が見えなくなってしまったので、アメリアは仕方なく側に寄っていって、黒い封筒を差し出した。


「私は依頼人じゃありません! 仕事を貰いに来ました」

「仕事だ~? ……あー、弟子を取れってあれか。ずっと前にギャツビーが言ってたな……」

「そうです。助手でもなんでもいいので、お願いします!」

「俺は別に構わんぜ。この契約書にサインしな」

「本当ですか!」


 アメリアは目を輝かせて言われるままに契約書にサインした。魔法契約はすぐに発効され、契約書はひとりでに空中に浮かんで燃え尽きる。


「おほん。それでは、今後、俺のことは師匠と呼ぶように」

「わ、わかりました……師匠。あの、そう言えば、さっきのはなんだったんですか? 〈美女ホイホイビューティフル・キャッチャー〉って……」

「俺が依頼人に向けて仕掛けてる罠だよ」

「はい?」


 アメリアは思わず訊き返した。言っている意味がまったく分からない。


「だから、罠だよ、罠」

「罠を、依頼人に?」

「もちろん。他に誰に仕掛けようってんだ」

「なんで?」

「そりゃ、俺が基本的に美しい女性からしか依頼を受けつけないって決めてるからだ」

「えっ、この探偵社は女性専用なんですか?」

「まあ、基本的にな。受けるか受けないかは、俺の気分次第だ。ムサい男からの依頼なんてやってられんからな。それより、女だ。女はいいぞ。金を貰うのも支払うのも、できることなら女がいい」

「女性の、依頼人に、罠を?」

「そうだが?」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。アメリアはもう一度、今度はしっかりと質問した。


「だからよ、これはな、要するに『既成事実作成マシーン』だ。部屋に入ってきた時点で、美女は魔法にかけられて眠っちまうんだよ。白雪姫スノーホワイトみたいにな。それで俺のベッドの中で目覚めることになる。俺は基本的に昼過ぎまで眠ってるからな。起きたらベッドの中に〈美女ホイホイビューティフル・キャッチャー〉に引っ掛かった美女が入っているって寸法だ。それで目覚めたら言ってやるのさ。昨日は楽しかったなとか、君にメロメロだとか、そういう感じのことをな。そしたら、お前、相手は俺に惚れて、俺を養ってくれるのよ」

「なんですか、それは! めっちゃ馬鹿じゃないですか! そんな風に魔法を悪用する人がいるって聞いたことないんですけど! 法的にどうなんですか、それって!」

「…………。そりゃ、お前……愛は法律なんかで縛られねぇんだよ」

汚い奴ダーディ! ちょっと、それってサイテーですよ!」

「うるせーな、別に惚れ薬とか魅了チャームの魔法とかで強制するわけじゃねーからいいだろ。むしろ、それで愛するほうが悪いんだよ。俺は他人の愛に寄生してこれまでなんとかやってきたんだからよ、俺なりの生存戦略って奴だよこれは」

「……ちょっと、頭痛くなってきた」


 アメリアは軽く頭痛を覚えつつ、ため息交じりに「それで」と続けた。


「もうそのことはいいですから、大事なことから先に聞いときます。あの、お給料とお休みについてですけど……」

「ねぇよ、そんな気が利いたのは。助手だと賃金を払わないといけないからな。お前はあくまでも弟子だ。年中無休で年中無給だ。一日三食と寝床は保証してやるが、それ以外は自分でなんとかしろ。俺からなにか学べばいいさ。こう見えても、現役時代はアメリカ最強の魔法使いと呼ばれて……」

「…………」


 ダーディに一笑に伏され、アメリアの中でプツンとなにかが弾けた。


「あれ、なんか呪文唱えてないかこれ? おい、ちょ、ちょっと、待てよ。身に覚えがあるぞ、その呪文……」

「ばかあああああああ!」


 アメリアが放った爆裂魔法エクスプローションは、小規模な戦術破壊魔法に相当する破壊力を有していたこともあり、ダーティをボロ屋敷ごと向こう岸のイースト・エッグの彼方まで吹っ飛ばすのに充分だった。

 しかしながら、屋敷を更地に変えて当人を吹っ飛ばしたところで、融通の利かない魔法契約が解約されるはずもなく、契約期間の半年が経つまで、不本意ながらもアメリアは魔法探偵の弟子であり続けるのだった……。

(その後、様子を見にきたギャツビーは、大笑いしながら、あっという間に復元魔法で屋敷を元通りに戻した。律儀にボロ具合も完全修復されたが、アメリアに強く言われ、玄関の〈|美女ホイホイ《ビューティフル・キャッチャー》〉は永久に葬り去られることになった)。




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