「……あーあ、一万人のドイツ兵が一瞬でふっ飛んじまった」
一九一八年六月七日、ベルギー北西部イーペル上空――アメリカ外征軍、
遥か下界には、
通常の歩兵による突破が不可能なその国防結界には、一点のほころびが生まれていた。それは巨大な穴だった。つい先ほど、戦略破壊魔法によって吹き飛ばされたドイツ軍の魔導要塞は、その痕跡すらも残さずに、焼け焦げた黒い大穴と化していた。
「あー、不毛だ。まったくもって不毛だ。西部戦線で悪名高い〈
名門ダンバース魔法魔術学校を中退し、『I WANT YOU(君が欲しい)』の呼びかけに応じてアメリカ陸軍に加わった若き魔法使いは、そう呟いて視線を前方に向けた。
「なあ、お前もそう思わないか?」
「…………」
まるで飛行箒に乗るようにモーゼル式小銃の上に立っている黒ずくめの男は、じっと見つめたまま答えなかった。
沈黙の数秒が過ぎ、若者は頭を掻いてばつが悪そうに言う。
「いやあ、ごめんって。そんな怒るなよ。悪いね、俺ってば強過ぎちゃって……」
「…………」
さらに数秒の沈黙の後、顔が見えないローブの下で男は口を開いた。翻訳魔法を使うまでもない、流暢な英語だった。
「お前が合衆国最強の魔法使いか?」
「そうだよ。自分で言うのもなんだけど、俺より上手く魔法を使える奴には、『教授』以外では会ったことがないな。ダーティ・H・ポッター……名前だけでも、憶えて帰ってね」
「
「もちろん、本名は違うよ。ほら、真名を奪われちゃったりしたらやだろ? もちろん、『禁じられた呪文』だけど、ほら、こんな時代だし? カビの生えた国際魔法条約なんてあってないようなもんだし? てか、みんな破っちゃってるし? まあ、それもこれもお前らドイツ人が全部悪いんだけど。軍国主義なんてさ、やっぱりよくないよ。ほら、ウィルソン大統領も言ってたぞ、我々は残忍非道なドイツ人に勝利し、『すべての戦争を終わらせるための魔法戦争』に打ち勝つってさ。大体さ、ハウルとかいうクソみたいな魔法使いが戦争を泥沼化させなければ、もっと早くに決着がついてたんだぞ。やめろよな、もう。勝ち目ないって、お前ら」
「……お喋りだな」
「よく言われる。ところで、あんた、ドイツ魔法省の人? それとも赤十字付きの人権監察官とか? あ、もしかしてイルミナティとか国際魔術協会のスカウト……」
「違う」
気軽に言うダーティに、黒ずくめの男は首を振った。
「我々は『裁定者』だ。……〈シュヴェルツェ・オルデン(黒の騎士団)〉と、今はそう呼ばれている。古の盟約に従い、彼の地の魔力の流れを乱す者を排除しにきた」
「ふーん。古き一族の類か。えっ、でも、ここベルギーだろ? お前、ベルギー人だったら、カイザーに味方するのおかしくね?」
「我々に戦争は関係ない」
「えー、萎えるわー。関係ないことないだろ、あっちが全部悪いのに。わざわざアメリカからベルギーを解放しに来たんだからさー、ちょっとは見逃してくれたっていいじゃ……」
その時、男から放たれた黒い閃光が、ダーティの手前で弾けた。これに驚いたのは、むしろ男のほうだった。
「無詠唱防御――」
「おいおい、さすがにいきなり即死級の魔法はなしだろ。俺じゃなかったら死んでるぜ?」
ダーティはポンポンと埃を払い、騎士が剣を抜くように、自らの杖を抜いて構えた。
「まあ、いいや。そっちがその気なら、今度はこっちから行くぞ! パワー!」
「…………」