「返して」
木蓮が新居のマンションに移り住む荷造りをしていると部屋の扉が音を立てた。その声は睡蓮、扉を開けると仁王立ちでこちらを睨んでいる。木蓮が何事かと怯んでいると睡蓮は無言で手を差し出した。
「な、なによ」
「返して」
「なにを」
睡蓮は段ボール箱から顔を出した焦茶のティディベアを指差した。
「なに、あんたもう要らないって投げ付けたじゃない」
「九州に連れて行くから返して」
「分かったわよ、ちょっと待ってなさいよ」
木蓮が後ろを向いてしゃがみ込むと背中に温かいものを感じた。
「ありがとう」
睡蓮が木蓮の背中を抱きしめていた。
「ちょっ、ちょっとやめてよ、恥ずかしい!」
「ありがとう」
「なんの事か分かんないけれどどーいたしまして」
涙が背中を伝いしんみりしていると睡蓮は突然立ち上がった。
「返して」
「なに、まだなんかあるの」
「そのくま、返して」
その指はベージュのティディベアを差していた。
「なに、あんた執念深いわね」
「それは私のティディベアなの」
「はいはい、ベージュと焦茶抱えて九州に行きなさい」
木蓮はダンボールの奥からベージュのティディベアを取り出すとポンポンと形を整えて睡蓮の腕に抱かせた。
「これで寂しくないわ」
「え」
「これでいつも木蓮と一緒だわ」
「睡蓮」
「あなたは私、私はあなた、何処に居ても一緒よ」
亜麻色の髪の睡蓮、ロイヤルブラウンの髪の木蓮、瓜二つの顔を持つ2人はそれぞれの道を歩み始めた。
了