睡蓮は表情を凍らせたまま向きを変えると玄関へと向かった。その背中からは憤りが感じられ、睡蓮と雅樹の交際が順調ではない事や、木蓮への
(ーーー私にどうしろって言うのよ!)
木蓮もまた睡蓮へ
(出会い方が悪かったのよ)
睡蓮と和田雅樹との縁談がつつがなく実を結べば良いと考えた木蓮は、自らの恋情に蓋をすべく耐え忍んでいた。ところがその胸の内を知ってか知らずかこの2ヶ月間の睡蓮の言動には眼に余るものがあった。
「お帰りなさい睡蓮、雅樹さんとはどうだった?」
「ーーー楽しかったわ」
「あら、サンドイッチ食べなかったの?」
「五平餅を食べすぎちゃって」
「あらまぁ」
不貞腐れたような睡蓮を気遣う母親。
「雅樹くんはどうしたんだ」
「あぁ、お仕事が忙しいからまたねって」
「そうか、なら仕方がないな」
睡蓮の伏せた目に鈍感な父親。
(ーーーー茶番だわ)
なにもかもが嘘に塗れた団欒に虚しくなった。
「疲れたから休むわ」
「バスケットの中身はどうするの」
「もう傷んでいるから明日捨てるわ、置いておいて」
「勿体無いわね」
「食べちゃ駄目よ、お腹壊しちゃうから」
「分かったわ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
2階のシャワールームの扉が閉まる音がした。両親もこの状況に薄々勘付いてはいるのだろう、睡蓮の姿が見えなくなると安堵のため息を漏らした。
木蓮は息を吸い込むと玄関先で声を張り上げた。
「たっだいまーーー!」
「おかえりなさい木蓮、伊月ちゃんとはどうだった?」
「あんなもんよ、変わりは無いわ」
機嫌の良い木蓮に母親は目を輝かせた。
「どこでお食事したの」
「ハンバーガー屋」
「えっ!?」
「伊月が食べたいって言ったのよ」
父親は呆れながらもソファに腰掛けて木蓮の顔を見た。
「どうだ、田上先生なら気心も知れてるし良い縁談だろう」
ソファに座るなり世界チャンピオンバンダム級ボクサーが繰り出すジャブとパンチ、笑顔の両親に木蓮の顔は引き
「あのさ、幼馴染が旦那とか有り得ないんだけど」
「そうお?お似合いだと思うけれど」
「何処がよ」
「おまえは落ち着きがないから田上先生の様な落ち着いた男が良いんだ」
「頼りないたんぽぽの綿毛みたいじゃない」
「そうお?」
「言いたい事が言えない男なんてお断りよ」
「なんの事だ」
木蓮は咄嗟に口を
「あ、あのさ」
「なんだ」
「伊月には睡蓮みたいなお嬢さまが似合っていると思うんだけど」
「あーーー、それも考えたんだがな。和田家との縁談には睡蓮だろう、おまえは習い事も続かずなにひとつ身に付いていない。当然だろう」
「ーーーーーうっ」
木蓮はこれまでの自由奔放すぎた自身を呪った。
「ただ雅樹くんは相変わらずおまえが良いと言い張って聞かんらしい」
「ーーーーそうなの!?」
思わず声が上向き加減になった。
「けれど和田のご両親はやはり睡蓮と仰っている」
「ーーーーそうよね」
木蓮の顔と声は下を向いた。
「結納の日取りも決まりそうだしな」
「え!」
「来月の大安吉日、おまえも時間を空けておいてくれ」
「なんで私が!」
「結納の後、料亭で祝いの席を
まさか睡蓮と雅樹の結納に同席する事になるとは予想だにしなかった。その過酷な仕打ちに木蓮は言葉を失った。
「どうした、顔色が悪いぞ」
「ちょーーーっと疲れたかな。シャワー使って良い?」
「どうぞごゆっくり」
2階の廊下では木蓮と両親の遣り取りに耳をそば立てる睡蓮の姿があった。