目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第拾壱話 たびへ

 旅へ


 メイは、眼鏡の人・ジュピターたちと一緒に、街の宿屋に来ていた。ジュピターが、メイと話がしたいって連れてきたんだ。

 大きな机のところにジュピターたちと座った。メイはずっとヴィーナスに抱えられたままで、そのままヴィーナスの膝の上に座ることになった。

 一緒に来たのはジュピターとヴィーナスを含めて四人。黒髪の女の人と、大きな男の人だ。

「さて、まずは改めて自己紹介」

 みんなが座ると向かいの席でジュピターが口を開いた。

「ぼくはジュピター。さっきも言ったとおり、呪詛破壊者スピアブレイカーだ。えっと、きみ……名前は?」

「メイだよ」

「じゃあ、メイちゃん、四人種のことは知っているかな?」

「うん、知ってる!」

 四人種なら、ご主人様にも教わったし、アルルのところでも、本にいっぱい書いてあった。

 世界には「呪い」があって、それを基準に四つの人の呼び方がある。呪いをかける人が具者。呪いをかけられる人が一般人。呪いを解く人が呪詛破壊者スピアブレイカー。呪いにかからない人が人形職人。こんなふうに呼び分けられているのが四人種だ。

 メイがそう説明すると、詳しいね、とヴィーナスに頭をなでなでされた。褒められた!

「偶然だけど、ここには四人種が揃っているんだ」

 ジュピターはそう続けて、隣の黒髪の人に先を促した。

「わたくしはユノと申します。元々は具者だったのですが、今はユピテル様のお供をいたしております」

 堅い表情、堅い口調でその人は名乗った。

 ユノは具者なのか、だからメイのご主人様にちょっと似ているんだ。納得がいった。

「ところで、ユピテル様って?」

「ジュピターのことよ」

 メイの疑問に答えたのは、ヴィーナスだった。

「呪いを扱う人の『言葉』は少し特別な力を持つの。特にジュピターやユノのような強い具者や呪詛破壊者はね。色々ある言葉の中でも、人の『名前』っていうのはとても大きな力を持つの。ユノは間違ってジュピターに呪いをかけないように、同じ意味の違う名前で呼んでいるのよ」

 なるほど。言葉が呪いを扱う上で特別な力を持っている、というのはご主人様も話していた。だからご主人様はメイにちゃんと『呼び方なまえ』のことを教えてくれなかったのか。

「あ、と、こういうあたしの名前はヴィーナス。よろしくね、メイちゃん」

「うん、よろしく。……あれ? ヴィーナスはたしかユノに呼び捨てにされていたよね?」

 ユノが呼び方を気をつけているということは、名前を呼んだだけで呪いをかけられるほど強い具者だということだ。さっきヴィーナスと言い争ったときのように軽々しくは呼べないと思うのだけれど。

「ああ、それはあたしが人形職人だから」

 ヴィーナスが簡単に答えた。なるほど、人形職人は「呪いにかからない人」だ。

「ユノがちゃんと名前を呼べるのは、ヴィーナスくらいなもんだ」

 ここまで黙っていた大きな男の人が言った。

「俺なんか呼ばれた瞬間アウトだな。一般人でな。名前はジーンってんだ。よろしくな、嬢ちゃん」

 その人はにかっと、どこか爽やかな笑みを浮かべて名乗った。

 それまでは体が大きいことにばかり気を取られていたけれど、よく見るとジーンは他の人と比べて、ずいぶんと変わった容姿をしていた。

 髪と目は黒いのだけど、ユノやアルルみたいに純粋に黒いんじゃなくて、青っぽい感じがする。それに肌の色。これまで会ってきた人はみんな白い肌をしていたのに、ジーンは黒い。正確に言うと、焦茶色なんだけれど、どちらにしても、こんな人を見たのは初めてだった。

「嬢ちゃん、どうした? そんなにじっと見つめちゃって。あ、もしかして惚れた?」

「ジーンに限ってそれはないわね」

 じっと見ていたメイに軽い調子でジーンが言う。それをヴィーナスがばさり切り捨てた。

「うっ、容赦ねぇなぁ、ヴィーナスは」

「だって本当のことじゃない。それはさておき、この子はあんたの容姿を珍しがってるだけじゃない?」

「あ、そゆこと」

 するとジーンは困ったような笑みを浮かべて、頬をぽりぽりと掻いた。

「あー、なんだ。まあ……」

「黒人という言葉をご存知ですか?」

 言葉を濁すジーンを遮り、問いを放ったのはユノだった。こくじん、という言葉ゆ、ジュピターやヴィーナスの顔が険しくなる。

「こくじん?」

「四人種の他にも人の分け方はいくつかあります。『黒人』というのはそのうちの一つです。差別用語なので、現在はあまり耳にすることもありませんから、知らなくても無理はないのですが」

「ユノ!」

 ジュピターが黒人について説明するユノに責めるような声を上げる。しかし、ユノはこう返した。

「この方をどうするにせよ、知っていても損はないことです。人形ながらに知識欲が旺盛。素晴らしいことではございませんか」

 ユノの茶色い瞳がきらりと光った。なんだか本当に、ご主人様に似ている。

 そこからのユノは饒舌だった。

「黒人とは、ジーンかれのように肌の黒い人物のことを指します。対してわたくしたちのような白い肌の人間は白人と呼ばれていました。かつて人間は、肌の色で人を差別していたのです。それにより、戦が起こったほどです。ただ、元々数の少なかった黒人は戦いによって現在は稀少な人種となりました。まあ、黒人白人の争いの最中で呪いが台頭し、肌の色での差別どころではなくなったわけですが」

「ユノ、ストップ! そこでやめ」

「なんですか、ヴィーナス。ここからが面白いところですのに」

「ユノ、話を進めたいんだけど」

 ヴィーナスにつっかかりかけるユノに、ジュピターが言う。すると、ユノはすぐに黙った。

「……とまあ、出自とかはばらばらなんだけど、わけあってぼくらはこの四人で旅をしているんだ。呪詛破壊の旅をね」

「ジュピターは最強と言っても過言じゃないほどの呪詛破壊者なの」

 ヴィーナスが補足したところで、ジュピターが言葉を次いだ。

「それで、きみに訊きたいことがあるんだ」

「訊きたいこと?」

「きみの呪いが解けないのはなぜか、心当たりはないかな?」

 メイにかかった呪いが解けない? そういえばジュピターは「抹消イレイズを思いきりかけて踏んだ」と言っていた。「抹消イレイズ」は呪詛破壊の一つで、かけられようとしている呪いを消す術。けれど、抹消ではたしか、もう発動している呪いを解くことはできないはず。呪いを解く術はたしか「破壊ブレイク」だったはず。

「ジュピター、メイに破壊ブレイクかけてないだけなんじゃ?」

「一応、何度か試みてはいるよ? でも全部失敗してる」

 それなら、結論は簡単だろう。

「それはジュピターが弱いだけだよ。ご主人様は強い人だもん」

「ユピテル様になんて失敬な!」

 メイが自信満々で答えたら、ユノに怒られた。すごい剣幕だ。

 そんなユノをなだめるジュピターは、ちょっぴり暗い顔をしていた。メイ、悪いこと言っちゃったかな。思ったことをそのまま言っただけなんだけど。

「メイちゃんは見かけによらず、辛辣ね」

「ごめんなさい」

「別にメイちゃんは悪くないのよ。単純に考えれば、メイちゃんの言ってることも正しいし」

 しょぼん、とすると、ヴィーナスはメイを慰めてくれたけど、その分ジュピターには逆の効果がいっているようで、赤い頭を突っ伏してしまう。

 ヴィーナスはかまうことなく続けた。

「でもね、呪詛破壊も奥が深いのよ。力任せに破壊ブレイクすれば、メイちゃんの呪いは解けるかもしれないけれど、反動でメイちゃんが壊れちゃうかもしれない。壊れちゃうのは嫌でしょ?」

「うん」

「それに、呪いにかかったままでいたい、とかけられた本人が思っていると、呪いはより強くなって、破壊ブレイクしづらくなるの。ジュピターが訊きたいのは、その辺りのことよ」

 そういえば、呪いというのは思いの強さや決意の固さによって質が変わってしまうのだ、とご主人様が言っていた気がする。

 呪いにかかったままでいたい。メイは、そう思っているのだろうか。──うん、思っている。三年前まではご主人様の側にずっといたいと思っていたし、今は……

「アルルに、会いたい」

 ぽつりと呟くと、その場の全員が息を飲む。メイは続けて言った。

「アルルに会いたいの。ご主人様にも。それで、ずっと一緒にいたいの。お喋りしたり、お手伝いしたり……そうやって、ずっと」

 それはたしかに、呪いにかかったままじゃなきゃ、できない。考えたこともなかった。メイの呪いを解くなんて。今言ったことが、メイの全部のおねがいだから。

「ずっと、か。そら、最強の呪詛破壊者スピアブレイカーでも解けねーわけだよな」

 ジーンがしんみりと呟く。ジュピターはそこで顔を上げた。眼鏡の奥の緑色は、険しく細められていた。

「この子の結晶が別な色だったら、ぼくもこう意地にはならないんだけどね」

 苦々しく吐き出された言葉の意味はよくわからなかった。でも、ジュピターにはジュピターなりのこだわりがあるのかもしれない。

 心持ち沈んだ空気の中で、ジュピターがこんな提案をした。

「メイちゃんさえよければ、これからぼくらと一緒に旅をしないかい?」

「ユピテル様!」

 ユノが咎めるような声を上げるが、それを制止して、ジュピターは続けた。

「しばらくは仕事があるからこの街から動けないけれど、その後はまた、旅に出る。一緒に行って、そのアルルくんって子、探してみない?」

 それは、願ってもないことだ。すぐ頷いた。

「メイ、一緒に行く!」



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?