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第7話 ワインの染みが引き金だった

「……はっ…… く……」


 少し前まで眠っていたベッドの上に転がされて、俺はひたすら声を殺すことに必死になっていた。

 男は抱いたことはないが――

 そんなつぶやきが耳に入る。

 にも関わらず、東条は何のためらいもなく、うつ伏せにした俺の腰を高く上げさせる。何をするつもりだ、と相手の姿が見えない分、少し不安に思っていたら、突然後ろにぬるりとしたものを感じた。


「な……」


 振り向く。すると近くに何処かで見たことのある瓶が転がっている。ああそうだ、テーブルにあったオリーブオイル。

 普段誰かに触れられない場所に、東条の指がためらい無しに動き回る。入り口の周囲をなぞる。

 うわ。うわうわうわ。ぞくぞくと今まで感じたことの無い感覚が腰から背中に上って来る。

 撫で回すだけでなく、油のぬめりを借りて中へ入ろうとするにつれ、その感覚は大きくなる。

 あの指。ホテルのあちこちを回って修繕して、……そう、確か感電した時の火傷の跡もあった気がする。あの指がゆっくりと中をかき回す。

 入り口が押し広げられる時、どうしようもなくて声が出た。ひっくり返った様な裏声に、俺は自分でも驚いた。そんな声出るなんて、知らなかった。

 思わず前に回していた手でシーツを掴む。それまでぴんと張っていた布にくしゃりと跡が付く。

 すると東条は背中からのしかかり、「大丈夫だ」と耳元で囁く。

 何が大丈夫だか。緊張したのが判ったのか。だけどその声が耳に入ると、どうしようもなく身体の奥が熱くなる。


「うー……」


 指が増えて行く。痛くは無い。ただ入り口が押し広げられて行く時に、奇妙なむずむずした感覚も増えて行く。

 いやそれだけじゃない。増えた指は、俺の中で別々に動く。まるで何かを探しているかの様だ。

 探して―― 指の片方がある場所に触れた。

 瞬間、叫びだしたい衝動にかられた。何だこれ何だこれ。知らず、全身から汗が一気に噴き出す。

 俺の身体の変化に気付いたのか、東条は試す様に片方ずつ指を動かしだした。ち、と俺は背後を見る。真剣な表情だ。

 こんなことをされていて、正直、自分自身がだんだん苦しい状態になっているというのに、その顔を見たら、何となく可笑しくなった。

 いや、可笑しいというより、可愛い?

 少し気持ちに余裕まで生まれた時、東条はこちらと決めた場所をやや鋭く擦った。


「あぁ!」


 反射的に声が出た。一呼吸置いて、東条は既に堅くなっている俺自身を空いた方の手で掴んだ。後頭部から背中にかけて、ずっ、と寒気にも似た快感が走った。

 そのまま大きな手はやや激しく握ったものを擦りだした。無論突き入れた指の方はそのまま困った地点を刺激し続けている。

 自然、身体が前へ前へと逃げようとする。シーツだけでは足りなくて、大きな枕に思わずしがみつく。擦る手が速くなる。喉の奥から声が溢れそうだ。俺は思わず枕カバーを噛んだ。


「う……」


 放出感に、くっと目を閉じる。ゆっくりと東条の指がどちらも離れていくのが判る。

 膝から力が抜け、俺はシーツの中に突っ伏せる。胸に腹に腕に当たる布のひんやりとした感覚を心地よく思いつつ、上がった息をなだめていると、細めた視界の中に東条の手が入ってきた。

 背中に重みと温みがかかる。左腕で東条は俺の頭を抱え込みながら、うなじに、肩に、肩胛骨へと唇を落として行く。時々強く吸ったり軽く歯を立てたりもする。

 静めようとするのに、なかなか息が元に戻らない。髪をかき回すその指が地肌に触れるだけで背筋から腰にまでぞくぞくとした感覚が走る。


「ああ…… こんなところにも」


 脇腹を、腰を吸う。そんなところも赤く傷跡が浮き出ているのだろうか。自分では確かめたことが無いから判らない。右手をその下に差し込むと、乳首を指で軽く転がす。左手が顎の下を撫でてくる。

 矢継ぎ早に与えられる刺激に流されていたら、いつの間にか、東条の両腕は再び俺の腰を抱え上げていた。

 腰や脇腹へのキスを続けながら、再び後ろへと手を回す。力が抜けていたせいだろうか、指がすんなりと入る。何本なのか俺はもう数える気力は無かった。

 幾度かかき回した後、東条は左手で俺の腰をぐっと掴んだ。そして、その後に。


「え…… 何」

「そのまま」


 低く囁く。

 え、と思った時には、指より大きい、弾力のあるものが後ろに当てられていた。何? と思う間もなく、それは俺の中へと押し入ってきた。

 俺は反射的に目を大きく広げた。ぬるりとした感触と共に、後ろがそれまでになく広げられる。じりじりと奇妙な感覚がそこに溢れる。


「痛いか?」


 問いかけてくる。

 痛い? 痛いと言えば痛い。けど、それ以上に押し広げられる感覚の方が強い。奥へ奥へと進まれる。その方が。


「痛くない…… 怖い」

「怖い?」


 東条は俺の腕を取ると、後ろに回させる。尾てい骨の上辺りで、ぬるりとしたものが指に触れる。オリーブオイルだ。そしてその先に。


「……熱い」

「ああ、熱い」

「俺の中、あんたのが、入ってるんだ」

「そうだ」


 繋がってる。広げられて。奥まで。


「まだ怖いか?」


 首を横に振る。得体の知れない怖さが、安心感に変わる。すると彼は背後から抱きしめてきた。俺の背にぴったり重なる胸から、鼓動が伝わってくる。それは俺の中にあるものと同じリズムを刻んでいる。

 そのまましばらく東条のものは中で動かず、ただ時々抱きしめる手が、俺自身や乳首をまさぐる。その都度俺は喉の奥から小さな声を立てる。時々大きく息をつく。

 そのうち、中が微妙に、更に押し広げられるのが判る。大きくなっている。俺の中で、彼が。


「……いいの?」


 俺は問いかける。彼が何をしたいのか、判る気がする。


「……いいのか?」


 逆に問い返される。黙ってうなづく。口では言わない。今声を出したら、じれったいと思う気持ちがそのまま出てしまうだろう。気付かれているかもしれない。だけど口に出すのはひどく気恥ずかしかった。

 背中が離れていく。温みが消えたことに少しだけ俺は物足りなさを感じる。

 やがて腰骨の辺りを大きな手でがっちりと捕まれる。


「動くぞ」


 慎重に、慎重に―― 彼は最初そのつもりだったのだろう。だがぎりぎりまで出て行きかけたそれを名残惜しい、と思った時、身体がそれを無意識に引き留めた。

 それが引き金だった。

 腰を抱える手の力が強くなる。引き留められたそれは俺の中に強く突き立てられる。ぬるりとした感触と共に、一気に入ってくた時、後頭部がしびれた。

全身から汗が噴き出た。

 次第に動きが速くなる。かき回される中で、先程突かれた部分が、時々強烈な刺激を送ってくる。

 二度も果てたはずの俺自身が再び堅くなり出した。俺は左腕で上体を支えながら、右手で自身を強く擦り上げる。

 はあはあ、と背後で彼の息が荒くなるのが耳に入ってくる。したたる汗が、俺の背中に落ちてくる。

 ああ俺だけじゃない。彼もまた、感じている。

 やがて動きが遅く、そして強くなる。ちょうどそれが、俺の一番感じる部分に命中した。


「あああああ」


 喉の奥から、獣の様な声が出た。両手でシーツをぐっと掴む。支えていられない腰が落ちかける。俺自身も落ちかける。布地に擦れる。

 その感覚が引き金だった。俺は思いきりシーツの上に放っていた。

 大きく息をつく。力が抜ける。その様子を見て取ったのだろう東条は、勢いよく腰を動かす―― 俺は動けない―― ただただ揺らされるだけ。

 そしてやがて、熱いものが身体の奥に広がるのを感じた。



「大丈夫か?」


 撫でる程軽く、頬を叩く感触で目が覚めた。俺の中で東条が達した時、少し意識を飛ばしていたらしい。


「……だ」


 言いかけて、軽くむせる。喉がからからだ。


「少し待て」


 東条はそう言うとシャツ一枚を羽織って立ち上がる。テーブルの方へと向かう。

 その間に俺はゆっくりと起き上が……ろうとして、失敗した。全身に力がまるで入らない。

 水差しとコップを両手に戻った東条は不思議そうな顔でこちらを見ている。水を一口飲んでから、かすれた声で俺は答える。


「からだ、が、くたくたなんだ、よ」

「そうか」


 そうか、じゃない。誰のせいだと思ってる。だがそれを言っても仕方が無いから、俺は渡されたコップの水をとりあえず飲み干す。凄く喉が渇いていた。

そして眠い。

 ただ、天気病みの頭痛や身体の重さは抜けていた。全身から吹き出た汗が、知らず、張り上げていた声がその全てを吹き飛ばしてくれたのかもしれない。

 東条は側に座ると空になったコップを受け取り、もう少しどうだ、と勧めてくる。今はいい、と俺は首を横に振る。


「風呂に入るか?」


 ジャグジーの風呂は魅力的だ。それに広い。だがそれにも首を振る。


「今は俺、眠い」

「そうか」


 東条はそう言うと、俺をまたひょい、と持ち上げ、もう一つのベッドへと入れる。汗をかいた身体に、乾いたシーツが心地よい。


「明日はオフと言ったな。ゆっくり眠れ」


 この部屋にはチェックアウトは無い。東条はそう付け足しながら俺の髪を撫でる。本気でうとうとし始めたので、気力を振り絞ってこう言った。


「あんたも」


 そうか、と東条はほんのりと、やはり男前の笑みを浮かべると、俺の横に入ってきた。

 毛布の中でぼそぼそと俺は訊ねる。


「いつからこんなこと俺にしようと思ってたの」


 彼は答える。


「お前の制服が染まってるのを見た時」


 どうやらアレにひどく欲情したらしい。何が引き金になるのか判らないものだ。

 けどそんな部分もひどく愛しく感じるあたり、俺も既に終わっているだろう。

 面接の時にも見ていた、とか何でこんなに可愛いんだろう、とかふわふわと甘い言葉のつぶやきの中、俺は次第に眠りに落ちていった。

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