「ええそう。私はあんなことを言っていて、どうにもならないプライドが頭の中でわめきちらして。私は愛人達を憎んだ。夫はともかく低い身分の女達に笑顔を向けた。相手も返していた。何で自分は返せないのだろう、と思っても、自分の中の何かが、ぎゅうっと私を押しとどめるんです。駄目、駄目、駄目ぇぇぇぇぇ! と! それに逆らうことはできなかった。そして子供達。彼等は皆仲が良かった。そうなる様に夫は彼等を扱った。愛人達とも仲が良かった。私に対してはただ丁重に挨拶するくらいで。そして何より、私が最後に壊れたのは、息子が。私が兄との間に作った息子が、手をつけたメイドと結婚する、なんてことを言い出した時だったわ。因果応報、私や兄の血が、この子に出たんだ、と。私はあの子とメイドを殺そうとして……」
ぶるぶる、とマデリーンは震えた。
「息子さんから振り払われた時に、酷く頭をぶつけて死んだんですね」
「よりによってあの息子が! 結局私の血は碌なものではなかった!」
「違いますよ」
シャーロットは言う。
「血じゃあありません。それでも貴女に対して、報告と、祝福を求めていたならば、独立する息子さんはメイドの方と、新たな暮らしを始めようとしていた訳で。つまりは健やかに育っていたということじゃないですか」
「ええ。この件は貴女の自殺として片付けられましたが、貴女の息子は常にこの件を苦しみ続けましたよ。まともな神経を持っていましたから。それは、貴女がどうしても受け止めることができなかった貴女の夫の作った貴女以外の場所で、愛情をたっぷり受けたからです。……無論実の母から愛されなかった、という点はどうしようも無かったのですが」
「それでもメイドなぞ選ぶなんて……」
「彼は庶民になる予定でした。だったら問題は何処にもなかった。学業を修め独立した資格も持ち、街に小さな一軒家で暮らしていきました。小さくとも愛のある家庭を。貴女が苦しんだプライドを、持たずに済んだんですよ。喜ばしいことではないですか」
「……もう嫌」
マーゴットはつぶやいた。
「そう。私はもう全て忘れて消えます。私は間違ってるんだと思う。だけど、私の中でどうにもならないものがあるの」
「貴女があの時代に生まれたことが残念だわ。貴女の様なひとが、とっても楽になる療法がそれなりに今はあるし、今後も出てくるでしょうし」
「……何ですって」
「貴女は病気だった。それだけのことよ。そのどうしようもない部分というのは、病気がそうさせていたの。貴女はそれに気付けなかったことが一番不幸だったのよ」
「私のあれが…… 病気。ただそれだけの……」
「そう。それだけ。だけど貴女の生きてきた時代では判らなかった。周囲もどうにもできなかった。とても運が悪かった」
「運が」
一番それがマーゴットには効いたのかもしれない。
彼女はその言葉をもう一度繰り返して、闇の中へと消えた。