「忘れていた、ということなんですね」
消えて行くポーレットを見ながら、フレアがぽつんと言った。
「私も思い出しました。あの博覧会のことを」
「水晶宮の?」
同時期にやはり博覧会を見に行ったろう、イヴリンが問いかける。
「ええ。皆で行きました。その時私が一緒に行った家族も多かったのです。確かにメイドの話はそれはそれで事実だったのですけど、その後があるんですわ」
「その後」
「私の子供は三人でしたの。でも、商会にどれだけ自分の血筋の者が居ても戦力になる、と思っていた夫には、愛人…… というより、メイドに手をつけて子供が何人もできていたんです。別棟にそんな女達と子供を囲って……」
「そういう物語が、かの極東の国の古典にはありましたわ。自分の家の別棟に、身分の低い妻達を住まわせて、その子達をまた政治に利用しようとする。マダム・ムラサキの物語」
「そういうものがあるんですの。でも私はそんな優雅なものではありませんでしたわ。自分達が子供と行った時に、ごちゃごちゃとしていたことと、メイドのその話を聞いてから、別棟の女達を誘ったんです。正夫人としてね。でも目的は違った」
「貴女は、フレア、子供達を誘拐させたんですね」
フレアはうなづいた。
「何せ沢山居ましたから。私は別棟の騒ぎにたまったものではありませんでした。苛々して。しかも夫がそのうち一緒に私の子と共に勉強させるとか遊ばせるとか言い出したものですから…… あんなもの、と思ってしまって……」
「それだけじゃないでしょう?」
フレアは涙ながらに言う。
「ええ、子供を手放してしまったことの辛さから、衰弱して亡くなった女も居ましたわ。私はざまあみろと思いました。……でも私は、憎む相手を間違えていた。本当は夫を憎むべきだったのに…… だからなんでしょうね。私が、向こうの女の一人から刺されたのは」
そう言う彼女の胸からじわじわと血がにじみ出した。
「そう、私も包丁で…… しかもメイドだったから、本当によく肉切り包丁だってことも知っていたわ…… でも、仕方がないのね。あの子はずっと、行方を追っていたのだから……」
馬鹿なことをしたわ、とつぶやきながら、フレアの姿は消えていった。
そしてそれを見ながら、ブリジットがつぶやく。
「実際に手を下さなくても相手が死ぬ様に仕向けた、なら、私も同じってことね……」
「ブリジット様。では貴女も」
私は話をうながす。
「ええ。私はとある女に吹き込んだんんですのよ。従軍看護婦になれば、私の夫と同じ戦場に行けるって。ええ、何も言わなかった夫ですけど、とある令嬢は、私のところにしゃしゃり出てきたんですのよ!」