イヴリン様でしたら、水晶宮での万博をご存じでしょう?
私もあの頃何度も行きましたの。
何と言っても、あの会場はびっくりする様な高い天井が鉄骨の曲線が綺麗に均等に揃って、きらきらした造りで、しかもとっても広くて。
入ったばかりの場所にあった噴水塔から落ちる水が天井からの光にきらきらと落ちてきて……
その辺りにすぐに展示されているインドやチャイナ、ペルシャやギリシャ、それにチュニス…… アフリカのものとかも、ともかく入ってすぐに展示されているのでしたわね。
そのまま右へ向かえば、大陸も新大陸も様々なものがありましたし、左へ向かえば私には判らないでも、一緒に行った夫が、機械類にもの凄く興味を持っていましたわ。
私はまあ、その辺りで織物を見ている程度でしたけど。
ただね、その時結構怖いことがちょいちょいあったの。
夫だけでなく、子供も連れていったのね。
うちは三人子供が居たのだけど、さすがに人混みの凄さの記事を見た時には、一番下の子を連れてはいけないと思いましたのよ。
だって、あの広さ、あの人の多さ、新聞にあった内部地図を持ってきたとしても、あんな風にきっぱりはっきりと区切られただけの場所って、結構迷いません?
……私は正直、何度も迷って、手を引いていた子供がぐずりましたわ……
ああいうのは、一人で行くか、若夫婦とか、少人数で行くべきだと思いますわ!
でも女一人で行くのは、これはこれで怖いと思いましたのよ。
一人ではなかったけれども、ちょっと夫と子供と離れた時に、拐かしに合いそうになったことが何度か。
まあスカートがつっかえて大事に至らなかったということもありましたけどね。
ほら、1シリングデイとかで、本当に色んな階層の人々がやって来たでしょう?
そうすると、入った時には一緒に居た相手が帰りには見つからない、ってこともあり得るじゃないですか。
子供が、特にいい服を着ていたら、誘拐とか、人さらいとか、そういうの、あってもおかしくないと思いません?
そこで、一つこういう話があったんですよ。
うちのメイドの一人がずいぶん沈んでいたから、どうしたのと聞いたら、弟が見つからなくなっちゃった、と言うのですね。
それが彼女の休暇に一緒に家族で行った1シリングデイだったって言うんですよ。
彼女は六人きょうだいで、上に兄が一人、もうじき結婚するとか何とか。
下はまだ五つか六つだというんですよ。
で、その家族で出かけた訳です。
そう、その結婚するという相手も連れてね。
彼女の実家は万博会場から少し離れたところにあったから、日帰りとしてはちょっとした大旅行だった様ですのよ。
だから行きは総勢九名。
だけど帰りには八人しかいなくなっていたというんですよ。