翌日、昼過ぎに警察が来て、遺体を調べにきたそうです。
そしてその場に居た人々の持ち物検査を始めましたの。
というのも、そのボクシング氏の死因が毒だったというんですの。
ストリキニーネ。
何でもあれは、死んだ時の表情が独特なのですぐに判って…… 皆持っていないか、という取り調べを受けたのですね。
すると誰も持っていませんでした。
あの青年にも一応、奥様は反対しましたが、持ち物検査はしたようです。
まあ見つかりませんでしたが。
だって彼は着の身着のままというか、奥様が与えた服や靴を身につけているだけなのですもの。
そんな危ないものを…… って、誰もが思ったのですが、そこはさすが警察ですわね。
乱暴はしないで、ということで奥様立ち会いのもと、青年の身体が調べられたそうです。
やってきた警部どのは、こんなこと言ったそうです。
青年を見て、
「よくまあお世話するものですな、そういうご趣味ですか?」
などと。
まるで奥様が若い燕として、そういう性質の子がお好きな様に聞こえる言い方で!
奥様さすがに怒って、警部どのを平手打ちしたそうですの。
まあ確かに、私だってそんなこと言われたら怒りますけどね。
ただそれまで奥様にはそういう怒りを露わにすることは無かったらしいので、皆驚いたそうです。
それ以来また奥様は青年に対して過保護になったんですけどね。
で、それだけで終わればまだ良かったんですけど、その後またすぐに事件が起こったんですよ。
奥様と義姉様とフルート氏がボートに乗ろう、って皆で行こうとしたんですよ。
ただ画家氏は自分は湖の風景を描きたいから、ということで断ったんですね。
で、湖も静かなことだったし、そこで毒を誰が持っているかの話になったんですって。
ボートに乗りながらの話としては、なかなか物騒でしょう?
だってその時のボートは結構湖でももう既に足が着かない辺りまで来ていて、何かあったらあの重い服では大変なことになるでしょう?
でもまあその時のあの方達は、日傘片手に話し合っていたんですって。
そこで今そこに居ない画家氏もどうか、という仮定をしてみた訳。
まあ実際、絵の具って毒がある訳よ。後で聞いたんだけど、鉛の入った白とか、砒素の入った緑とか、ちょっと間違うと大変なものがあるのよね。
だけどとりあえずあのチュープだったり、それ相応の入れ物があるから、皆気付かないだけで。
だったらそういう毒を入れていてもおかしくは無いわね、ということをたとえ話として言っていたの。
すると漕いでいたフルート氏が画家氏が手を挙げて振っている、というのね。
振り返すのだけど、何か様子が変なの。
で、慌てて戻ってみると、手を振り上げたまま身体を突っ張らせて――やっぱり死んでいたというわけ。