「そのことは決して口外してはいけないよ」
そう執事はメイドに言うのね。
ああ何か執事は知っていて、それはきっと悲しい事情なのだな、幽霊ではないのだな、とメイドはその時思ったの。
それからもずっと、手紙は来続けたのね。メイドも何も言わず奥様に渡し続けたの。
そのうち時も移り、奥様が病床につく様になったのね。
すると彼女は言うの。
「ああもうきっとあのひとからの手紙は来ないんだわ」
そこでメイドは気付いたのね。
掃除がてらに探してみたら、古い便せんと封筒が沢山出てきたの。
そして本当に古い手紙も。
そう、彼女は自分自身に対して、昔のラブレターを書き写して自分に送っていたのよ。
執事もそれを知っていて、奥様のしたい様にさせてやってほしい、と思っていた訳。
彼もまた、ご夫妻を若い頃からずっと見守ってきた訳だから。
奥様は意識してか無意識か判らないけど、旦那様の筆跡を真似て、内容も全く写して、そして他の手紙に紛れ込ませて出していたの。
渡すのは気になっていたからできるだけいつも受け取っていたそのメイドだけど、出すのは常に入れ替わり立ち替わりだったから、判らなかった訳よ。
そしてその手紙が来なくなってから、奥様は次第に弱っていった訳。
ああどうしたものか、とメイドもやはりその時点では既に結構な年月勤めていて、奥様にもの凄く肩入れしていたのね。
そんな時に、奥様宛の手紙が届いたの。
ただ、メイドは首を傾げたのね。今までの古い封筒でないことに。
でもとにかく奥様に手紙を届けた訳。すると奥様はそれまで力なく横たわっていたのが、ゆっくりとだけど身体を起こして、手紙を手に取ったの。
そして中を開けてみると。
みるみるうちに奥様の目に涙が。
そういうことがしばらく続いて、奥様の容体がある程度良くなった訳。
とは言っても、それは一時的なもので、やはりもうそう長くはない、と医者にも言われていたのね。
実際どれだけ手紙が来ても、奥様の容体はだんだんその頃からまた弱ってきて、また起き上がれない日々が続いた訳。
だからメイドも心配して執事に相談するんだけど、執事もまた、ずいぶんと疲れた様子で。
「身体を壊しているのではありませんか?」
「自分も歳だからね」
そして奥様より先に執事が亡くなってしまった訳。
長く家を取り仕切ってくれた執事の死に、奥様もずいぶん気落ちして。
結局それから割と早くに亡くなってしまったの。
そうしたら、しばらくして奥様の親戚という者がやってきて、遺言書を探す訳。ところがそれが見つからない。
その後弁護士が来て、どうも奥様は跡取りに恵まれなかったから、自分の資産は使用人への賃金退職金、そしてあとは施設に寄付をする様にしたというのね。
でもそんな様子全く無かったと思ったのに、と言ったら。
「それは旦那様のご指示だ、と奥様は言われました」
「それは昔のこと?」
「いえ、最近だとか」
どうなのかしら。
やっぱり後から来だした手紙は幽霊の旦那様からだったのかしら。