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(2)めらめら燃えて

 Nirvanaを披露宴でやりたいという愚かな新婦を数の力で黙らせ、セトリはチャットモンチーとステレオポニーという、青春感満載の無難な落とし所となった。


 まずすべきは、相棒の健康チェックである。


 卒業から2度の引っ越しを経て、今や押し入れの最奥に鎮座する楽器ケースを引っ張り出さなくてはならない。途中、ピックコレクションやら、四苦八苦して作った卒業ライブの耳コピ譜面やらが出てきて懐かしさに手が止まる。その後も次から次へ、思い出の品が発掘された。


 一緒に観たライブの半券。節約のために3人で割り勘した教科書。ライブハウスのバックステージパス。羽海野に返し忘れたCD。なにかの記念でもらった、詩音とのツーショットがプリントされたマグカップ——。


 失恋、といえるほど立派なものじゃない。最後まで思いを伝えることはなかったし、勝手に焦がれて、勝手に振られただけだ。本人は私の気持ちにこれっぽっちも気づいていないだろう。ああ見えて、熱中すると自分の世界に浸るタイプだし。でも、それでいい。好きだった、という思い出だけでしばらくは生きていけるつもりだ。


 結局、早朝から始めた救出作業はお昼までに及んだ。


「……こんなにデカかったっけ?」


 私の相棒。真っ赤なIbanez。ツヤを消したマットな質感と飾らないシンプルな姿に一目惚れして、人生の一番大切な時期を一緒に駆け抜けた、心の拠り所。


 ずっと日陰にいたからしっとりとしている相棒は、記憶のなかよりも大きくて重くて、よく私これ持って飛び跳ねていたなと、若さに呆れてしまう。


 それはそれとして。


 おかげさまで体型はここ数年変わっておらず、ボディを支えるストラップを肩から掛ければ思いの外しっくりくる。


 ネックの傾きも、右手が弦に当たる位置もあのときのまま。


 ネックは少し反っているし、弦は触った手が茶色くなるほど錆びているけれど、おおむね問題なし。「待ちくたびれたよ」なんて、欠伸しながら言っているような気さえする。


 おまたせ。ただいま。また少しだけ、よろしく。


 べん、と指で弦を弾く。ゆるゆるの弦が少し震えて、間抜けな音が独りの部屋に吸い込まれていく。


 ちょっとワクワクしているのは、誰にも内緒だ。




「楽しそうね」


 私のささやかな秘密は、出会い頭に暴かれた。卒業してからずっと会ってないんだぞ! 何年ぶりだと思ってるんだ。


「七花、なんも変わってないね」


「それは19歳から? 卒業してから?」


「高校生から。思慮深いようで単純。慎重なのに短絡的。すぐに顔に出る。まだ言う?」


「遠慮しとく」


 数少ない高校時代からの友人である羽海野は、相変わらずの無表情でうなづいた。眠そうな雰囲気が堪らないと一部の男子たちはよく盛り上がっていたが、実際は感情の起伏に乏しいだけで、割とハキハキ言う子である。


「そういう羽海野も、あんまり変わってないんじゃない?」


 羽海野が両手を広げる。


「背が伸びた」


「だからなんだ」


「七花はちっちゃいまんまだね」


「うるさいな」


「なんか、家事してると背が伸びる」


「旦那の背が高いからじゃない?」


 羽海野も一昨年に会社の先輩と籍を入れている。式を挙げていない。羽海野の希望だそうだ。


「私と同じくらいだった七花が、こんなにも小さく」


「今もそんな違わないでしょ。ほら、行くよ」


 むすっとしている羽海野を連れて、相棒を背負い、私たちは懐かしの御茶ノ水へと繰り出す。


 学生時代、暇さえあればワケもなく御茶ノ水をうろいていた。もはや庭同然のつもりだったが——、


「ぜんっぜん、わからん」


歳月というのは残酷らしい。


「こっち」


 羽海野の足取りは、昔と変わらない。


 終始視線を上げながら、人で溢れる御茶ノ水をなんとか羽海野についていく。


 はじめてこの街に来たときもこんなだったな、と苦笑する。右も左もわからず、自分が認められていないような不安。楽器を買った後は、背負って御茶ノ水にいることがなぜだか誇らしく、だから足繁く通ってしまった。


 この角、中古屋じゃなかったっけ。ここにラーメン屋なんてあったっけ。ここは……ずっとレコード屋だ。


 すっかり様変わりした街並みに昔の記憶をダブらせて、懐かしさと真新しさに戸惑いながら歩き回る。


「ついた」


 曲がった路地のその先に、相棒を見つけた楽器屋が顔を出した。入り口こそわかりにくいし小さいが、中は結構広い。秘密基地みたいで、好きだった。


「おおー、おおー!」


 店内は昔のまんまで、棚の裏に大学の頃の私が隠れてるんじゃないかと思うほど。さりげなく確認して、いなかったことに安心する。


「自分でも探してる?」


「そんなわけないでしょ。えぇと、弦は……と」


 ベースの弦はなぜこんなに高いのか、と買うたびに思う。一応、1000円程度の廉価版もあるにはあるが、せっかくの披露宴だ。ちゃんとしたのがいい。


 ついでにピックも選ぶ。100円で雑多に売られているものでも、一つ一つ厚さや感触が違う。掻き分けて最高の一枚を見つけるのが楽しい。


 お目当てのものを買い揃え羽海野を探しに行くと、スティックを天秤にかけているところだった。


「いいバチあった?」


「これが完璧」


「じゃあ行こっか」


 と、その前に。


「中身壊れてないか試しがてら、スタジオ入らない?」


 楽器屋に併設されているスタジオを指差す。幸い、今は誰もいないようだ。


「なに合わすの?」


「いや無理。昔やった曲とか全部忘れたし」


「私覚えてる」


「すごいねあなた。まぁ、適当に? それにやってたらなんかしら思い出すかも」


 手癖、なんて大層なものがあったかさえ記憶にないが、何かはできるかもしれない。


「もともと、その気で来た」


 羽海野はぶんぶんと、会計前のスティックを振り回した。店員がそわそわしながらこっちを見ている。

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