「では船頭さん?
ソニアは凛とした声で船頭に告げる。
5人で、船頭も入れたら6人で過ごすことになるには、少し小さい船内へと私達は足を踏み入れた。
双子を先頭に、私、ソニア、テツの順だ。
ラナとラキは船室に入ってすぐに、重いとずっと愚痴をこぼしていた大荷物を下ろしていた。
私も待たされていた荷物を置く。
ふと振り向くとソニアは船内を見渡している。
テツという青い髪が特徴的な男は、最後尾で入ってきて、ラキを後ろから睨みつけていた。
「あらテツ……いつまでも不機嫌そうですわね」
揶揄うような声。ソニアもテツの様子に気がついたらしく、テツに笑い混じりに声をかけた。
「……言っておくがな、ソニア。俺はラキとかいう餓鬼の戦法が珍しくて見切るのに時間がかかっただけだ。後少し長引いていれば俺が殺していた」
テツはラキ本人に聞かれたくないのか低く抑えたように、何も無い船の隅を見ながら言う。
「そういうことにしておいてあげますわよ」
ソニアは呆れたように言うけれども、私はあのテツとかいう奴の気持ちも分からなくはない。
ソニアはラキと刃を交えたことがないから、そんなことを言えるのだ。
完全に独学で、しかも双剣を
素早いラキの相手に、飛んでくる双剣。
まるで複数人を相手にしているかのよう。
今からテツという奴に話しかけて、ラキの戦法について語り合うのも楽しそうである。
しかし、それより先に話し合うべきことがあるだろう。
「ねぇ、テツとソニア。あんた達、私からミラクの情報を聞き出すために都に連れていくのよね?」
「そうですわよ」
答えたのはソニアだけだ。テツは目を船の隅に向けたまま。
「私……ミラクとは蒼龍狩りをして、それから大河で渡るまで一緒にいたのよ。でも大河で……裏切られてからはもう、会っていないの」
「あら、そうでしたの。それならそれで構いませんわ。
私は、結構意を決して伝えたのだが、ソニアは大したことではないというように、高い位置で括っているが肩にかかる髪を、軽く払いながら言った。
「……ハッ、ミラクは暗殺部隊を抜けてまで何がしたいんだか。昔はもっと冷静な暗殺者だったのにな」
私とソニアの方に向き直ったテツが、嘲笑混じりに言う。
そうか。テツとソニアは、ミラクの過去を知っているんだ。
聞かない方が良いとも思う。もうミラクのことは理解したくない。
「ミラクは、どんな奴だったのよ? 昔からあんな……何を考えてるか分からないような奴だったの?」
そう思うのに、口が勝手に開いて、気がついたらテツとソニアに詰め寄っていた。
「そうですわね。ミラクの考えていることは今も昔もわかりませんわ」
ソニアは、剣を握っているのにも関わらず白く綺麗な指で顎を抑え考える素振りを見せて答えた。
「そう……」
テツはどうなのか、と私とソニアはテツを見つめる。
「お前に答える義理はない」
テツはやっと目線を上げ答えた。
*
深夜の大河。
下流域は人が少なく、昼間でも静まり返っている。
しかし、夜はその激流が響き逆に騒々しく感じられた。
「……眠れない……」
私は、眠れなかった。
当然だ。激流の音せいだけではない。
あの嵐の夜。
大河の渡船で寝て、目が覚めたら、血に染まったニーナと、剣を持ったミラクがいたのだ。
そして、傍らにはミラクと同じ出自であるという暗殺者2人。
どうして眠れるわけがあろうか。
星を眺めよう。そう思って、船室をこっそりと抜け出そうと体を捩る。
ふと、誰かに手を掴まれた。
振り向くと、仄かに光る赤い瞳。
「ラキ……?」
私が、なんのつもりだと手を振り解こうとすると、ラキは手を握る力を強める。
ラキは強い瞳で私を見つめる。暗くて色なんかわからないはずなのに、ラキの瞳の赤い色が心を揺さぶった。
『……俺はサキのことが……その……好きだからさ。絶対に、お前を裏切ることはしない』
いつか、ラキに言われたことを思い出す。
ラキの手から、熱い体温が伝わる。
ラキの鼓動は大きく、手に血が流れているのを感じた。
ラキはミラクとは違う。
あの日、ミラクは私との旅で心を動かされたことなど一度もないと言った。
でも、ラキは私を裏切らないと言ってくれた。今も私を気にかけてくれている。
ラキと黙って見つめ合う暗闇には、変わらず大河の流れる音だけが響く。
……数日ぶり強まる赭い衝動、吸血欲求。
今この身体が焦がれているのは、ミラクに大河に蹴落とされた夜だろうか。
それともラキを吸血した夜だろうか。
そんな思考はこの衝動の前にはすぐに消え去る。
ラキの指に軽く噛みついた。少し幼さも残るが、剣を持つ者の指だ。流れ出した赤い雫を、啜る。
「……ッ」
ラキは少し痛そうな声を零す。それでも止まらない、衝動。
ソニアとテツは寝ているだろうか。見られたら少しまずいかもしれない。
だが、私は衝動に抗えず、ラキの指を噛んだまま。
暗闇に身を委ねる。
いつのまにか、意識は闇に溶けていた。
*
太陽が一番高く昇る頃。
「やっと着いたわね、大河対岸に!」
私達は船を降り、ソニアとテツがある場所に連れて行くと言うので、それに従って森の中を歩いていた。
ソニアが先頭で、私、双子、テツの順だった。
森に入ってしばらく歩く。段々と深くなっていく木々から覗く太陽は、まだ真上にある。
ふと、テツが双子を抜かして私に近づいてくる。
「ん? なによ?」
テツは青い瞳で私を見つめる。
「……あの被り物の餓鬼共は兄弟か?」
「ラキとラナのこと? そうよ。ラナが姉でラキが弟の双子よ」
「お前は、あの2人の血縁者じゃないんだよな?」
「当たり前だわ、全然似てないじゃない」
私が少し顔をしかめてそう答えると、何故かテツは鼻で笑う。そして、ポンっと私の肩に手を置いた。
「なによ?」
「……お前、餓鬼のくせに双剣とできてるのか?」
そして、テツは後ろを歩いているラキをチラリと見た。言われた意味が私には一瞬分からなかった。
「え?……双剣って、ラキ……? ……はぁ!? そんなわけないわよ、どうしてそうなるのよ!? 絶っっ対に違うから!! ねえラキ!?」
突飛な推測に、驚き手を振って全力で否定した。振り返ってラキにも同意を求める。
ラキは目を伏せ、何も答えない。
きっと無言の肯定と言うやつだろう。
そんな私を見て、テツは何故か笑みを深める。さっきから一体何のつもりなのか。
「なかなか面白いことを聞いた」
振り返って、テツはまた後方にいたラキを見遣る。
そして青い瞳を歪めて、ニヤリとラキに揶揄うような笑みを向けた。ラキとテツ、2人の視線が衝突する。両者とも何か言いたげだった。
「……あいつ……殺しておけば良かった」
人なんか殺したことはないくせに、ラキが小さい声でそう漏らしたのが聞こえた。
それからテツとラキの仲はあまり良くない。