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第13話 都シュタット

 大河下流域。河と森の匂いが入り混じる河辺。


 大河下流域は人口が少なく、それに伴い冒険者の数も少ない。

 船頭を除けば、わずかな交易商と冒険者だけが佇むだけの光景が広がっているはずだった。


 金属音。


 土を駆け回る音。


 普段の長閑な光景は一転、そこは四人の戦士によりもはや戦地へと成り果てていた。


「っあら……! まだ子供の割にはやりますのね! ミラクに関わるだけはございますわ……!」


 金髪の女ソニアは一つに高い位置で括ったその太陽に輝く長髪を揺らし、私の猛攻を受け後退していた。


「それはどうもっ……! でもっ! 押されながら言う台詞かしら!?」


 私は果敢に攻めた。

 こういうのは先手必勝なのである。


 ソニアは優美とも言えるその外見に似合わず、素早く後退し、私の槍を回避し、剣で受け流し続ける。

 ソニアが一際大きく飛び退く。

 私は、その絶好の機会を逃しまいと距離を詰めた。


「……押しているのではなく、わたくしが誘導しているのがわかりませんの?」

「……ッ!」


 途端、ソニアが動きを止めて身を低くし回避した。

 そして剣を鋭く私の頭部を狙い、突く。

 身をよじって何とか躱すが、私の髪が一房、パラパラと散る。


「ふふふっ……そういうところが餓鬼こどもなのですわよっ!」


 先ほどとは逆に、私の方が後退し距離を取らされた。

 ソニアは剣を振り払う。


 乱れた呼吸を調え、槍を構え直す。

 ソニアの碧い瞳が微かに揺れたような気がした。


「……? なによ……」


 ソニアは何故か距離を詰めて来ない。

 こちらを見つめて黙っている。


「……ねぇ、あなたの槍捌きに見覚えがありますわ。その槍、一体どこで?」

「……そんなことが気になるの? ……あんた、都の人よね。十五年前まで都にいたはずだから、知り合いなのかしら? 私の師匠は、ライトよ」


「……建国の英雄……。帝国の人族ならば、その名を知らぬ者はおりませんわ」


 私たちは互いに近づけぬまま、数秒見合った。

 沈黙。


 そしてソニアは何か覚悟したかのように目を見開く。


「……テツ! その被り物の餓鬼は、まだ片付きませんの!? こちら思ったよりも厄介ですのよ、早く加勢に来てくださらない!?」


 破ったのはソニアだ。

 仲間のテツとかいうあの青い髪の男に加勢を要求する。

 ソニアは剣を構えたまま動かない。


 私はラキとテツの戦闘に目を遣る。


 剣の衝突音が鳴り響く。


 テツは剣一本、ラキは双剣だ。

 ラキはその特殊な形の双剣を飛去来器ブーメランのように投擲する。

 手数は圧倒的にラキの方が多い。だが、テツが完全には押し切られていないのは、その剣技ゆえか。


「待てソニアっ、今口を聞いている暇はない……!」


 テツは飛んできたラキの双剣を避けながら答えた。

 向こうは激戦ね。


 一方、私とソニアは互いに近づけずにいた。

 おそらくこの均衡が崩れた瞬間にどちらかの死により勝負が決まる。

 テツとラキは変わらず激闘。


 大河から冷たい風が吹く。状況は変わらない。


「……」


 そんな混沌を破るかのように、森の方から踏み出す影があった。

 大荷物を背負い魔術師の帽子をした少女。


 震えるその声が、響き渡る。


「あのっ……もうやめませんか!? 私たちは本当に……殺し合う必要なんかあるんですか!? 私は、そうは思えないんです……!」


「ラナっ!?」


 ラナの大声にも私とソニアは均衡を崩さなかった。


 しかしテツとラキは勢いをなくす。

 ラキがラナの声に気が向いて隙ができたことで、ラキの猛攻が止んだ。

 テツが距離を取ったことで止まっている。


 基本的に魔術師は近接戦は行わない。

 殲獣の魔法じみた力を利用する彼らは時間をかけ大規模にその力を術として昇華することを好む。


 そのためラナは、ラキに言われて森の方で隠れていたはずだった。


「みんな武器を置いてください……! サキさんと、その剣士のお二人は同じ人物を探しているのですよね? では情報を共有すればいいんじゃないですか? 何も……殺し合わなくても……」


 ラナの赤い瞳には涙が浮かんでいた。

 私は口をつぐむ。


 ……正直、このソニアとの闘いも捨て難い。


 しかし、この闘いは私の復讐に関連するものだ。

 ……ラキやラナを私の復讐には巻き込まないと決めたではないか。

 私は二人と都へ旅をしたい。共に未来へ歩みたい。

 今度こそ、共に。


「……そうね、ラナの言う通りだわ。私は武器を捨てる」


 私は槍から手を離した。槍は河辺の湿った土に当たりカラカラと転がる。


「……!? そんな、正気ですの……!?」

「あんたはどうするのよ?」


 金髪の女、ソニアは唇を噛み締める。そしてやむを得ないかというように、剣を下ろす。


「……わかりましたわ。この方が確実にミラクの情報を持ち帰ることができそうですし」


 ソニアも武器を手放した。


「テツも剣を捨てなさい。あの魔術師の少女の言う通りこれ以上は不毛ですわ」


「ラキもね」


 ラナの声で戦闘が中断されていたラキとテツはしばらく互いに様子を見合って、同時に剣を手放した。


「では……皆、武器を持たずにお集まりいただけるかしら? そこの魔術師のお嬢さんも荷物を置いて」


 私達は武器を土に置いたまま、手を挙げてソニアの側に集まった。

 森の方にいたラナも、荷物を起き河辺に来る。


 顔を突き合わせ、皆で向かい合う。


「……さて……先程まで殺し合いをしていましたけれどもわたくし達、確かに話し合う必要がございましてよ」


 私とラキは目を合わせ、軽く頷く。


 テツという男はソニアを見つめて黙ったままだ。


「……槍使いのお嬢さんのライト将軍との関係にも、わたくし少し興味がありますわ」

「私は親がいなかったから、ライトが引き取って育ててくれただけよ」


 ソニアとテツは軽く首を傾げて、何も答えない。

 聞いてきたくせに何なのだろう。


「ミラク……あいつはあんた達の仲間だったの? あんた達、都の人よね?」


 私が問うと、ソニアはそっと閉じていた目を開く。


「ええ……そうですわ。わたくし達、何度も彼を追わされているんですの」


 追わされている……何かの組織だろうか。

 都にある、剣士達が属する組織。


わたくし達の剣術や、脱走者であるあの男……ミラクを探しているということから、既に察しておられますわよね?」


 私は何のことか分からなかった。帝国軍ならば追跡者を放ったりするだろうか。

 何か、重要な秘密でも盗んだのだろうか。


 ラキをちらりと見る。ラキは神妙そうな顔をしてうなずいた。

 私は首を傾げる。

 ラキは分かったのだろうか。

 私の方が冒険者として少し長いのに。困ってしまう。


 ソニアは少し間を置いた。すうっと大河の空気を吸い込み、切れ長の碧い瞳を見開く。


「そう……わたくし達は帝国軍暗殺部隊ですのよ……」


 え?


「はあぁあ!? 暗殺部隊なんて……実在したの!?」

「あ、暗殺部隊って……そんなものが……!」


 思わず驚いて声を上げると、ラナと声が被る。

 私達は顔を見合わせた。


 ラキ、それからソニアとテツが呆れたような目を向けてくる。


「何だ、サキとラナは気が付いていなかったのかよ」

「まぁ……分かりませんでしたの? 頭の方は少し残念なのかしら」


「うるさいなッ! 逆にどうして、ラキは分かったのよ!」


 ラキは腕を組み、遠くを見つめるような眼をした。


「明らかなことじゃないか。まず暗殺部隊の噂、一度は聞いたことがあるだろ。剣一本を武器とする人族で編成された暗殺者集団。そして都からの凄腕追跡者。そこの金髪の女の発言からも……」


「……あぁそう……もういいわ、ラキ。ソニアって言ったかしら? 話を進めてもらえる?」


 私はラキの長くなりそうな説明を遮り、何とか気を取り直して、軽く欠伸をしていたソニアに続きを促した。


「ええ。あなた方、私達の正体を明かしたからには、都まで共に来てもらいますわ」


 いいですわねテツ、とその碧い瞳でソニアはテツを横目で見る。

 テツは濃青の瞳を閉じた。


「……この任務の指揮権はソニアにある。どうせお前は言い出したら聞かないしな。もう好きにしろ」


 ソニアは、分かっていますわねと綺麗に微笑む。そして、私、ラキとラナ、テツを順番に見つめる。


「大河を共に渡りましょう。渡れば、すぐ着きますわ」

「大河を渡って都まで二十日程かかるはずだけれど」

「ええ通常は。ただ私達には、ある特殊な移動手段があるのですわ」


 その移動手段とやらは、大河を渡るのには使えないのだろうか。

 いや、それよりも。


「都は確かに、私達の旅の目的地だけれど。何もかもあんた達の言いなりになる気はないわよ」


 首を横に逸らし、勝手に話を得意げな顔で進めるソニアをめ付ける。


 ソニアは眉をひそめ、ため息をついた。


「……悪い条件ではないと思いますわよ。取り敢えずは帝国軍に入っていただきますわ。私達と共に来てくだされば、本来の日数ひかずの半分……十日も経たずに着きますわ」


 船頭さんも、5人分の代金が入るのが一番良いでしょう? とソニアは、船の陰に隠れて私達の様子を恐る恐る見守っていた船頭に声をかけた。


 船頭は、しばらく呆然とした後、勢いよく首肯いた。どの道、ここらで船頭がこの一人である以上、大河は共に渡ることになる。


 ならば、もう良いか。


「……わかった。でも、ラキとラナに何かすれば、ただじゃおかないから……!」


「ええ、肝に命じますわ」


 ソニアは涼やかに微笑んだ。


  *


 こうして、私達は共に大河を渡り、都へ旅をすることになったのだった。



 ……いや、あれは旅とは言えなかったかもしれない。


 大変だったことと言えば、私は黒翼を隠し続けたこと。ラキとラナは、被り物を脱がないように気を張っていたこと。


 まぁ都に着けば、もはや隠す必要はなくなるかもしれないが。

 ソニアとテツの二人に弱みと成り得ることをみすみす晒すこともない。


 ただ、私達は外套や被り物をを脱がない理由を問い詰められることはなかった。



 なぜならば……。



 十日間、ほとんど上空にいたからだ。一番過酷であったのはこれである。


 ソニア達が言っていた移動手段。それは、おそらく帝国軍が途方もない労力を注ぎ込み実現させたもの。


 下からも前方からも突風が強く吹き付ける。上空に揺られる、吊り箱の中。


「噓、よね……これに……寝る間も乗るの……!?」


 地上から見上げてもはっきりとは見えずに、ただの飛行型の殲獣と思うだろう。実際に、この吊り箱を運ぶのは、四体の殲獣。

 だが、まさか考えつくまい。その飛行型の殲獣に人が運ばれているなどとは。


 幻獣型の殲獣“天馬ペガサス”。


 この吊り箱の四隅は天馬に括られ、上空を飛んでいた。


「わぁああ……! ラキ、わ、私もう無理……!」


「落ち着け、ラナ。いざとなれば、暗殺者共を下敷きにすれば良い」


 ラナは下を見て落下を想像し、恐怖に震えている。ラキはラナを落ち着かせようと、両手でラナの赤い瞳を塞ぐ。


 ただの殲獣ならばいくつか聞いたことがあるが、幻獣型を手懐けるなど初めて聞く。


「軟弱ですのね! 暗殺部隊では訓練兵でこの箱には慣れ切りますわよ」


 突風に金髪をはためかせて、ソニアが言う。


「じゃあ、大河もこれで渡ったらよかったじゃない……!」


 ソニアは吊り箱の上の上の天馬を見上げた。


「この子達、大河上空は怖がって渡ってくれませんのよ」


 私達は、たまに森に降りて物資補給や小休憩をする時以外は、寝る間もずっとこの箱に乗って移動した。

 ソニアとテツは慣れていた様子だったが、私と双子は心身共に疲れ切ってきた。


「サキ……旅って想像よりずっと大変なんだな」

「本当に……こんなにも気が削がれるものとは思いませんでした……」


 特に双子は、旅にすら慣れていないのに。

 いきなりこんな目に遭わされて、不憫だわ……。


  *


 視界がうっすらと赤く染まった暁。

 吊り箱に揺られる日々が続いて、九日目の早朝。


 延々と人影も殆ど無い森の景色に終わりが見えた。


 寝ぼけていた意識が一気に覚醒する。

 新たに目に入ったのは、石造りの城壁。


「……ねぇ……! あれって、都なんじゃないの!?」


 私は興奮冷めやまずに、目は都に釘付けになったまま、剣の手入れをしていたソニアの肩を揺さぶった。


「あら、見えましたわね。ではそろそろ降りますわよ」


 私の声が聞こえたのか、箱の隅で肩を寄せ合って眠っていた双子も、うっすらと目を開ける。

 テツは黙って座ったまま都を見据えていた。

 テツは寝ていたと思ったが、一体いつから起きていたのだろう。


「ねぇソニア、こんな森で降りるの……?」

「ええ、これ以上は近づけませんわ。躾けた天馬は機密事項ですもの」


 それから、天馬は森に降りた。


 テツは、四体の天馬をどこかへ運ぶようにソニアに言われて、箱は森に置いたまま、去った。


 天馬を飼っている場所にでも連れ帰っているのだろう。

 朝の清々しい空気の森に消えていくテツを私達は黙って見送った。


「……さて、わたくし達は先に都に行きますわ。サキ、ラキとラナも私についていらして?」


 私達は、森を歩いた。


「私、表向きには帝国軍の軍医という立場ですの。あなた方は、私が森で保護した迷子の冒険者ということにいたしますから合わせてもらいますわ」

「まぁいいわよ……」


 私は返事をしたが、ラキとラナは返事をしなかった。


 こうして森を歩いていていると、ミラクと依頼をこなしたことや、ラキやラナと暮らしたひと月が、浮かんでは消える。


 ラキは、双剣をいつでも抜けるようにして下を向いて歩く。


 ラナは、帽子を抑えながらも、希望に満ちたような目で城壁を見上げながら歩いている。

 森を抜けて、壁に沿ってしばらく歩くと、門が見える。


 ソニアは衛兵に、何か紋章の縫われた布を見せて少し会話していた。


 ソニアの後ろでその様子を眺めていた私達に、ソニアが笑顔を浮かべてくるりと振り向く。


「よかったですわね。迷子の冒険者の方々」


 相変わらず凛とした声であるが、いつもよりソニアの口調が穏やかだ。先刻言っていたように、軍医を演じているのだろうか。


 そして、石畳に擦れた音と軋んだ木の音を響かせながら、重厚な門は開かれる。



「さぁ……ようこそ、光と闇が交錯する都シュタットへ……」



 無数の石造りの大きな建物と、早朝なのに数多歩く人々。

 獣族に、小人族に、長耳族に……。



 門の先の景色に圧倒される私の肩をそっと抱くと、ソニアは私の耳元で囁いた。

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