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第11話 旅と星空

 私がラキに血を飲ませてもらった後、家に入ってからラキの首の怪我を包帯で応急的な治療した。


 私もラキもそれぞれの部屋に戻り、眠りについた。ラキの血で心身共に満たされたからか、深く眠りにつくことができた。


  *


 翌朝。

 ラナは隣で眠っていたはずの片割れが首に包帯を巻いていたため、ひどく驚いたという。


 この双子は、齢十四になるのに同じ部屋で寝ている。

 森の奥で二人だけで暮らしているせいか、この双子はところどころ感覚が私とずれている気がするわね。


 ラナの方が早く起きて、ふと横を見ると隣で眠るラキが首に血が滲んだ包帯をしていたそうだ。


『ラっ、……ラキ!? いやッ……何その怪我……!』


 そしてラキはラナに揺さぶられて起こされたのだという。


 ラキはラナに全てを話した。

 私の様子がおかしかったのは吸血欲求のせいだったこと。

 ラキは私の部屋の前で待ち伏せて事情を確かめようとしていたが、暫く揉めた末に私に吸血されたこと。


 ラナは驚きながらも受け止めてくれたらしい。


『そう……そんなことがあったんだ。サキさん、様子がおかしいとは思っていたけど言ってくれたらよかったのにね……あの人が、そんな遠慮をするなんて少し意外だけど』


 ラナははにかむような笑みで言ったそうだ。


 私は気疲れしてぐっすり眠ってしまったため、目が覚めたのは昼過ぎだった。



  *


 小鳥の声がした。


 晴れ晴れとした気持ちで目を覚ました。

 まえは小鳥の声で目が覚るとまだ寝ていたいと思ったのに。

 気分が良かった。

 まず日の光を浴びたくなって、外に出た。

 雨も止み、太陽は森の草木の滴を照らした。


「いい天気……ふふっ、これなら明日は問題なく発てそうね……!」


 一頻り久々の太陽を堪能する。


 そういえば、吸血鬼族の特性が出始めたのにまだ陽の光は平気なのね……。


 家に戻って扉を開けて、広間に入る。

 双子は荷物をまとめていた。

 何やら双子は話し込んでいたが、二人にとっては生まれた時から住んでいた家を離れるのだから思うところもあるのだろう。

 私が入ってきたことに気が付いていない。


「おはよう! ラキ、ラナ。明日は予定通り行けそうね」


 ラキとラナはぎょっとしたような顔で私を見る。

 二人の獣耳が立つ。


「……なによ」

「いや、サキ……昨日の今日でずいぶん元気なんだな」


 ラキの言葉に、少し見開いた目でラナは何も言わずにコクコクとうなずく。


「その様子だと、昨日のことはラナにも話したみたいね?」


「あぁ、まぁ」


 二人は何やら言いよどむ。


「……ああもうッ! そんな顔しなくていいじゃない。私らしくなく色々悩んじゃってて……その、悪かったわね!」


 私は二人の沈黙に何となく居心地が悪くなって、髪をかき上げてその空気を払拭するように大声を出した。

 双子は一瞬耳を動かす。動きが揃っている。


「それよりさ、せっかくの旅立ちの前なんだから。もっと楽しい話をしないとね!」

「ああそうだな。それでこそサキだ。なぁラナ」


 ラキは、ようやく表情を緩めてニヤリと私に笑い、ラナの方を見る。


「……だねぇ」


 ラナもラキの方を見る。ラキの首筋は、昨夜かなり血を流していたはずなのにラナが取り換えたであろう包帯にはもう血が滲んでいない。

 二人がしばらく顔を見合わせた後ラナは、私の方を見た。


「サキさん、これから食べ物はどうするんですか? もう昼ですけど、朝食食べますか?」


「え? うーん……そういわれてみたら、少しお腹が空いたかも……。今は吸血欲求も湧かないわ」


 まったく吸血鬼族になってしまったわけではない。人族と亜種族の混血は少ないからな。どんな特性が出るのかは分からない部分が多い。


「じゃあ今から一緒に食べましょう、私たちもお昼にします」


 そう言ってラナは笑った。


 食事中、私たちの話題は明日からの旅に自然と転がっていく。


 最初の難所はもちろん大河だ。

 ここは帝国西部の大河下流域。

 大河を渡り、そこから北に旅をすると都シュタットに辿り着く。

 双子が暮らし私もひと月泊まった家は、大河から歩いて半刻ほどの距離にあった。


 双子はたまに大河に行っていたという。ラキは殲獣の狩りに、ラナは殲獣の身体集めと魔術の実験に。

 私はラキの大河の殲獣狩りに俄然と興味が湧く。


「ねぇラキ! やっぱり大河の殲獣と言えば鰐型かな。もちろん戦ったことはあるのよね? どうだったの? 聞かせてくれないかしら?」

「鰐型なんか誰が好き好んで近づくんだ。ドラゴン狩りしてたようなサキと一緒にするな」

「うそ……戦ったことないの? 何回かしか手合わせできてないけど、ラキの双剣の腕はかなりのものだったわよ」


 ドラゴン狩りが成せるほどかは分からないが、と付け加える。

 ラキは少し不満そうな顔をした。


「まあ陸地では戦えるかもしれないけどな。水場だと俺は走りにくいから不利だ」

「ふぅん……ラキは双剣を投げるもんね。飛去来器ブーメランみたいにさ」


「ああ。双剣と俺で絶え間なく攻撃すると鷲型なんかはすぐ倒せるんだ。だが鰐型は硬いし水場は走りにくいからな。極力戦闘は避ける」


 言い訳にも聞こえたが、冷静に分析を出来ているとも言えるのかもしれない。


「そう、戦ったことがないならいいのよ。……大河ではすぐ渡船は見つかりそうかしらね?」

「いえ、この辺りに冒険者はあまり来ないのでしばらく歩かないと見かけませんね。朝に出て昼くらいには船頭がいる場所に着きます」


 それならば明日の朝出て、大河を渡り切るのは明後日の昼か。

 大河を渡って半月ほど旅を続ければ都シュタットに着くだろう。

 都に着いたら、まずは帝国軍に志願しよう。ライトや村のみんなにも噂が届く程に軍で名を上げてたくさん活躍してやるつもりだ。


 ラナとラキは都に着いてからはどうするかはまだ決めていなかった。都までの道中で冒険者登録をするだろうから都付近で冒険者を続けてもいいし、私と共に軍に入ってもいいだろう。


 都に着くまでに、ラキとラナが良いように決めてくれたらいいわ。

 私たちは、それから他愛もない話をして旅支度を進めた。


 私達は翌朝の旅出に備えていつもより早めに休むことになった。


  *


 冷たい夜風が頬をなぞる。


 私は、眠れずに家をこっそり抜け出して一人、森を歩いていた。


 ……私には、都で名を上げることの他にも、しなければならないことがある。


 それはミラクを探すこと。


 あいつがあのまま大河を渡り切ったのか、引き返して西部にとどまったのかは分からない。


 だが私は……見つけ次第、ミラクを……殺そう。


 理由を聞いたって多分私にあの男の考えなど理解できるものか。もう……あいつと分かり合いたいなんて思わない。


 ねぇミラク? 理由なんて--わかりはしないわよね? お前の考えていることなんか、なにもわからなかった。なんで私をあんなふうに、殺そうとしたの?


 --このままにはしておけない。私を裏切ったことを。ニーナを殺したことを。


 ただラキとラナは私の復讐には巻き込めない。未来に希望を抱いているであろう二人に、私の過去の復讐を背負わせるわけにはいかない。


 木々の隙間から星空を見上げると、村から旅立ったばかりの頃を思い出した。


 こうやって一人で星を眺めては、村のことを懐かしんだわね……。


 あの頃に抱いていた希望も失くしてしまったわけではないけれど。


 背負ってしまった復讐の重荷が、星を見上げる目を引き下げた。

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