大河の激流は赤く染まった。
斬られて動かなくなっていたニーナは私と共にミラクに蹴り落とされ、私は……。
*
不意に体を揺すられた。
名前を呼ばれた気がした。
光が差した。
「……ぅ?」
ラキが机に突っ伏している私を見ている。
……いつのまにか、私は寝ていたのね。
「サキ。大丈夫か?
ラキは淡々と言った。なんとも言えない気分になる雨の匂いが、この木の家の中に漂っている。
「……ラキ、ありがとう。何でもないのよ」
ラキが私と共に旅立つと宣言してくれてから3日が過ぎた。いまだ私達は、ラキとラナの家に居た。
なぜなら、しばらく雨が降るという情報をラナが近く、といってもこの森の奥の家からは二時間はかかる村で噂を耳にしたからのだった。
ラナはたまに帽子で獣族の耳を隠して買い出しや、ラキが狩った殲獣の売り出しに出かけていた。
雨は、この3日降り続いた。私は家の中で、ラナの魔術の研究の手伝い過ごしていた。
ラナはラキが狩ってきた殲獣の体から使える部位を剖(わ)けて、魔術の道具を作ったり新しく魔術を研究したりしていた。
今はラナが夕食を作ってくれているから私は1人で言われたように、鷲型の殲獣の羽を、その鷲型の血に浸し続けるという作業を続けていた。
どんな意味があるのかはわからない。
「本当か? お前ここ数日元気がない気がするが」
「大丈夫よ。強いて言うなら体をもっと動かしたいだけ。いいのよ、明後日には雨が止むらしいからその時発ちましょう」
ラキが私と来てくれると宣言した日の夜。私はラキとラナにすべてを話した。
私が村を出てから出会った、ミラクとニーナ。
ミラクが私を……私達を裏切りニーナを殺したこと。私も殺されかけたこと。
洗いざらい吐き出した。
ラナもラキも黙って私の話を聞いてくれた。2人にとってもある程度は予想していた内容だったのだと思う。
ラナも、ラキの言っていた通り私と共に来てくれることになった。ラナは魔術師であるし殲獣や亜種族への興味も強いのだろう。
『私もラキとサキさんと一緒に、旅をしてみたいです』
赤い瞳を揺らしながらラナはそう言ってくれた。
『ありがとう、ラナ……! 絶対に後悔させないから……!』
ラナは可愛い。殲獣への知識も豊富だし、何より私を助けてくれてからずっと優しくしてくれた。ラキは最初は私を警戒していたのに。まぁ、それ私が吸血してしまったせいなのだが。
先日ラキに気がつかされたように、私はラナやラキを助けるだけではない。お互いに支え合うような旅がしたいと思った。
こうして私たちは旅に出ることを誓い合った。
しかし、雨に降られて出発を見送っているのだ。
ラキは私と来てくれることを決めたからか、はたまた私の話に同情したのか、あの日から前よりも私に優しくなった気がする。
「無理するなよ。何かあったら言え」
「うん、ありがとう。ラキ」
ラキは私を起こすだけ起こして、ラナの夕食の準備を手伝いに行ってしまった。
なによ、ここに残って話し相手になってくれるのかと思ったのに。
ラキにはそう言ったが、私には悩みがあった。
日に日に増していくその感情を御し続けるのには、もう限界が来ていた。
鷲型の血は少し気になる程度なのだが。
私が嫌に感じるのは雨の音だった。
ミラクに殺されかけて瀕死になったのは、嵐の夜。
確証はないが、雨音がそのことを想起させるのか、瀕死であり血を飲み回復する必要があると、私の身体が勘違いしているのだと思う。
何もわからないのに、余計なことを言って双子をむやみに心配させたくはなかった。
何より……私がまた自我を失ってラキやラナに襲いかかるようなことが起こり得ると思われるのを、少しだけ怖く思ってしまっていた。
まったく、らしくないわね。少し前の私では考えられないわ。
私は、作業に戻った。鷲型の羽をその血に浸す、ラナから言われた通りに。
殲獣の身体を利用した、その魔法じみた力を行使する魔術師。
村に来た旅人や、噂話で何度か見聞きしたことがあった。
帝国軍にも魔術師は存在したらしく、ライトに説明されたこともあった気がする。
よくわからなかったけれども。当時はあまり興味が沸かなかった。
私は、槍術一筋だったからだ。
でも今となっては中々面白そうだとも思う。
旅に出たら、ラナに色々教えてもらおうかしら。
そんなことをぼんやりと考えて作業を続けた。
雨の音はまだ絶えない。
「サキさん、そろそろ出来ますよー! 鷲型は片付けておいてもらっていいですか?」
ラナの声が聞こえた。
どうしよう。
最近の悩み。それは食事が苦しい。
食欲なんて、まったく無かった。
在るのは、
吸血欲求のみだった。