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第8話 再出発の決意

『話せよ、サキ。大河でお前に何があったのか。そんなに似ているのか? 俺と、お前があの日言った”ミラク”って奴は』


 ラキの問いに、私は答えないわけにはいかなかった。ラキは、私と共に来てくれることを選んでくれたから。でも、言ってしまっていいのか。

 まだ旅に出ていない、希望に満ちているはずのラキに。私が裏切られた過去を。


 森の中、小さな家の庭。


 その穏やかに見える風景には似つかわしくない緊張感が漂っている。

 人目がないその庭で、私は黒翼をラキは黒い獣耳を晒し向き合っている。


「あのねラキ。私は、あんたやラナの未来への希望を奪うようなことはしたくないのよ」


 ラキの赤い瞳に射られる。


「そんなに隠さなくてもいいんだ。察しはついているからな」


 その目で見られたらミラクを思い出すんだ。あの何もかもを見透かしたような目で、私を裏切り殺そうとした男を。私は堪らなくなって顔を逸らした。


「やめてよ、ラキ。もう……頼むからそれ以上は言わないで……」


 少し考えれば簡単なことだ、とラキは続けた。

 私がラキやラナに聞かせている冒険の話で疑問を持ったとラキは言った。


「強気で目立ちたがりなサキが一人で冒険を続けていたとは考えにくい。それなのに、お前の話には不自然に、人との出会いが省かれていた。そして、大河を流されていた理由を話そうとしない」


 こう考えるしかねぇんだよ、と言ってラキは間を置いた。私は、顔を上げてラキを睨んだが、ラキは構わず続けた。


「お前は、仲間に裏切られて大河に捨てられたんだ」


「……だから、もうやめてってば!!!」


 私は勢い余って持っていた槍を、ラキの方に放り投げてしまった。ラキは避けなかった。

 ラキの頬から赤い滴が零れる。


 ラキの瞳と同じ赤。

 その血は、甘い匂いがした。記憶にはないが、ラキを吸血してから吸血鬼の本能が強まっている気がする。

 不意に、鋭く私を見据えていたラキの表情が和らいだ。

 優しい木漏れ日に照らされて、私を見る顔は穏やかなものになった。


「泣かなくてもいいじゃないか、サキ」


「う、うるさい! 泣いてないわよ」


 泣かないと決めていたのに。

 私は双子を旅に誘ったとき、いつも強くあろうときめた。

 もう騙されたり裏切られたりしないように。二人と、二人のの希望を守っていくために。


 強くあろうと決めていたのに。なぜだか涙が頬を伝った。


「ラキが……あんまり聡いことをいうからな。そうよ、ラキは私を裏切ったミラクに似ているのよ」


 その尖った目も、私が仲間に裏切られて捨てられたと気が付くような鋭いところも。


「ラキには何もかもお見通しなのかしら。そういうところも、そっくり……」


「……はぁ?」


 ラキは低い声を漏らして唇を嚙みしめた。そして、静かに首を振った。


「……俺はそのミラクって奴とは違う……別人なんだ。ミラクはお前を裏切っただろうが……俺はサキのことが……その……好きだからさ。絶対に、お前を裏切ることはしない」


 ラキは真っ直ぐ私を見つめていた。その目は相変わらず鋭いのに、何故か先ほどまでのように嫌ではなかった。

 ラキは大きく息を吸って、いつもの沈着な表情に戻った。


『俺がこうやって目を見つめると、お前は決まって目を逸らすんだ』


 そして、先刻と同じ言葉を繰り返す。


「……だが、今は逸らさないな。改めて聞こうか。俺と、ミラクって奴はそんなに似ているのか?」


 ラキは不敵な笑みで言った。それは随分と自信あり気に。まったく、可愛くない奴だ。

 私は涙をぬぐった。

 私はラキもラナも守る対象だと思っていたが。逆にこうして励まされるとはな。


「ふふっ、そうだな! これっぽっちも似ていないわね!」


 私が微笑みかけると、ラキも微笑み返してくれる。

 ラキは本当に良い奴ね。これから私も、ラキのことが大好きだ。


 私は、槍を投げて傷つけてしまったラキの頬を指でなぞる。

 滴る甘い血の匂い。少し、唆られる。


 今まで、こんな衝動を感じたことはなかったのに。瀕死の状態からラキを吸血して生きながらえたことで、何かが変わってしまったんだわ。


 私は、思わずラキの頬に口を近づけた。


「っ!」

「あ、ごめんラキ」


 ラキが微かに声を漏らした。私は正気に返る。

 ラナに治療をしてもらわなくては、とラキの手を引いて家の中に入ろうとした。


 ラキは黙って私に手を引かれて数歩だけ歩んでから、立ち止まった。


「どうかしたの? ラキ」


 ラキはまっすぐな瞳で私を見ている。よく見ると、その赤い瞳はとても綺麗だと思った。


「サキ、さっきの答えを聞かせろよ」

「え? 答えってなによ。似てないって今答えたじゃない」

「……それ本気で言っているのか?」


 何のことよ。

 誰もがラキみたいに察しが良いわけではないのだから、もっとハッキリ言ってほしいものだ。


 私は黙って、ただ不満そうな表情を浮かべて見せる。

 ラキは呆れたような笑いをこぼした。


「なによ」


「まぁ良いか。これから一緒に旅に出るんだ。じっくり分かってもらうことにする」


 私はまた旅に出ることとなった。ラキと共に。ラナの答えは、まだ直接は聞いていないけれど、きっと来てくれるわ。あの子は冒険や殲獣の話をとても楽しそうに聞いてくれたから。


 ラナとラキを守っていこうと思っていた。しかし、それは間違いだったと今日ラキに思い知らされた。

 私たちは仲間として支えあいながら旅をしよう。


 私の心に、光を差してくれたこの双子と共に行こう。そう思った。

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