血槍の半吸血鬼。
帝国軍における私の異名である。
亜種族の集う都シュタット。
私は人族の村で人族同様に育ち確かに希望に満ちて、都シュタットへと旅立ったはずだった。
その旅が如何に過酷なものになるかなど知らずに。
亜種族達は、人族の皇帝を傀儡として今日も人を踏み躙る。
そんな都で私は今日も血に塗れた槍を振るった。
帝国軍暗殺部隊の、早朝の定型作業。死刑執行。
淀んだ空気を振り払うように、天を仰いだ。
「血槍、そこで一体何をしていますの? もう行きますわよ」
「……そうね……」
目に入ったその青い空に、在りし日の旅立ちの記憶が呼び起こされた。
*
晴天。
心地よい潮風に黒髪がなびく。
天が私の門出を祝福してくれているかのようだ。
鼓動が高鳴り、口角が上がる。肩に担いでいた槍を思わず握りしめた。
見渡す限りの青い空と海を目に焼き付ける。
「じゃあ、行ってくるね!みんな!!」
私は笑顔で言った。
私は今日、帝国の都シュタットへと旅立つ。
育ての親であり、槍術の師匠であるライトをはじめとする村の面々から、温かに見送られた。
村長は涙を流し、私と年の近い子たちも涙ぐんでいた。
私の育ての親であるライトは、前夜の宴で泣いていたのが嘘のように笑顔で見送ってくれた。
ライトは昔から酒に酔わない。
本人は隠していたつもりかもしれないが、酔っているふりをして泣いたのだろう。
もう髪も髭も白く染まりきって久しいというのに、我が師ながら相も変わらず素直ではないものである。
眩しい日の光に鼓動が高鳴った。
黒い翼が、窮屈な外套の中でひらひらと動く。
私の感情に合わせて勝手に動くこの黒翼は自由に動かせない。体の大きさに比べ小さく、飛ぶことなどできないただの飾りのような翼。
みんなには無い、黒い翼。
私に表れている吸血鬼族の特性は、混血ということもありこの翼くらいだ。
日光に照らされても私は平気だ。
純血の吸血鬼族はひどく日光を嫌うらしいけれども。
村長に生き血を啜れば何か変化があるかもしれないと言われたことはあるが、それは私が人族の血も引いているため、ライトに止められている。
人族の多いこの帝国西部では悪目立ちすると不便だろうから、とライトが用意してくれたら外套は窮屈だ。
まだ慣れないが、人前では外套を脱がないように言われている。
私達の暮らす帝国の政治は、50年前の建国以来、ずっと不安定だ。
帝国は、50年前に起こった大陸中を巻き込んだ大陸戦争の末に成った国だ。
様々な種族、民族が共存する。未だ、紛争や小競り合いも絶えない。
海沿いの小さな村シャトラント。
肌に心地よく吹く潮風に誘われて海に目を向けると、壮大だが穏やかな岩場の綺麗な景色が見える。
人族が人口の9割を占める、帝国の西部に位置するこの村で私は育った。
私が村を出ることを決めたのは、帝国軍で成り上がる為だ。
帝国の都に出て、軍で名を上げて、たくさん仕送りをして村を豊かにしよう。
都には、私が想像もつかないほど多くの人がいると聞いている。
この辺りは人族ばかりだが、都には鬼族や吸血鬼族、長耳族など珍しい種族も多く揃っているらしい。
私は、育ててくれた村のみんなが好きだ。
生みの親のことはよく知らない。
嵐の夜、赤子だった私を抱えた人族の女が流れ着き、海に一番近い村長の家に私を托し、生き絶えたのだという。
奇妙な出来事であったと村長は語った。
私の母は純粋な人族に見えたからおそらく、父親にあたる男に吸血鬼の血が流れていたのだろうと言った。
しかし、私は記憶にもない生みの親のことを語られてもよくわからなかった。
私にとって親はこの「サキ」という名前をくれて、生きていくための術を教えてくれたライトだ。
嵐が去り、村の会合で蝙蝠ような翼を持つ赤子についての話し合いが行われた時、ライトは私を引き取ると宣言したと言う。
『この子は俺が預かろう。……同じ亜種族の血を流す者としてな』
ライトには鬼族の血が流れていた。
ライトの母はこの村から都に出て、鬼族の男との子を身籠り一人で村に帰ってきた。
そして、ライトを産み落として生き絶えた。
自身と同じような身の上である私のことをライトは放ってはおけなかったのだろうと村長は言った。
ライトは鬼族の特性は持つものの、外見は人族そのものだった。
少年の頃にライトは亜種族と人族の戦争を終わらせるために旅立ち実際に建国の英雄と呼ばれるほどの偉業を成した。
亜種族が人口の多い人族の王を皇帝に立て、戦争を終えることを決めたのはライトの活躍が一因であるそうだ。
将軍となったライトは、数十年帝国軍人として活躍した後、余生は村で送ると決め帰郷し私を引き取り育てることになったのだ。
実は私がこんなに詳しい事情を知ったのはつい旅立ちの前夜だ。
村長が私を送り出すため宴を開いてくれた。その宴で、村長がこっそり教えてくれたのだ。
酔ったふりをして泣いたライトは、宴の場で「俺はもう寝る」と宣言して部屋の隅で寝てしまった。そんなライトを横目に、村長は涙ながらに物語を話すように語った。
正直、そのときは大袈裟だなと思った。
しかし、一人で木に寄りかかり夜空の星々を見上げていると、様々な感情が溢れ出してくる。
帝国の都シュタットを目指して1人、村を出て2日目の夜。
「親父…」
父と呼ぶように言われても、どこか照れ臭く、ライトと呼び捨ててきたのに何故か、そう呼んだ。
本人が居ないせいか、はたまた柄にもなく感傷的な気分になってしまったせいか、普段とは違い父と呼んでしまった。
ライトは紛れもなく私の親である。
ここ数年、髭も髪も真っ白になりもう大分年だろうに、私はついにライトに敵わなかった。
私はまだ15歳だから成長の余地はあるはずだけれどね。
きっと都から帰る頃には、ライトより強くなっているわ。
何の根拠もないのにそう信じて疑っていなかった。
まだ孤独な野宿は慣れない。もうずっと森の中を歩いている。
ひと月ほど旅をすれば、都にたどり着くはずだ。
この辺りはほぼ人通りはない。
もう数日すれば徐々に、交易商や冒険者も増えていくだろう。
私の槍術では都で、軍功を上げることも可能だとライトは言ってくれた。
そうだ。
私はきっと名を上げよう。
色んな人と出会って、色んな冒険をして、もっと強くなろう。そのことは、村への恩返しにもなる。
不安もある。
しかし、どうしようもない程に溢れ出す好奇心と未来への期待が私を突き動かして止まなかった。