☆★一回戦★☆
★牡牛座の章
「では、これより上南市立科学センター閉館イベント『戦慄の
パーマをかけた女性がにこやかに宣言するが、その場にいた全員が呆然とする。
「あれっ、さっき星に願いをって……」
三十代夫婦の女性の方が首をかしげる。
「イベント名が変わってないか?」
「せんりつ?」
「せんりつってどのせんりつなの?」
「しかもプラネタリウムって、科学センター全部じゃないの?」
聞こえているはずだが、主催者ガン無視。僕もせんりつのプラネタリウムって何でそんなネーミングなのか。よくわからない。旋律の……だったら美しいけど、まさか戦慄の方じゃないだろうな。
茶髪の女性がこう切り出す。
「このゲームは三回戦まであります。そしてすべてのゲームにて、二人一組にて挑んで頂きます!」
僕はゴクリと唾をのんだ。
「二人一組って……」
「じゃあ私たちは一緒ね!」
若い女子二人が腕を組む。
「私達も夫婦だからペアだな」
そうなると残るのはおじさん二人だ。
「ちょっと待て。二人で参加したヤツはいいとして、オレはこんな誰かわかんないオッサンと組むなんてゴメンだね」
若い方のおじさんが呆れ顔で言う。
「オッサンで悪かったな」
年配のおじさんが眉をつりあげる。
「お前もオッサンだろ」
「何だと」
おじさん二人が睨み合っている。そんなことはお構いなしに司会は進行する。
空気を読むっていうワードはどうやら存在しないようだ。
「では、お一人ずつ自己紹介をお願いします! そしてチーム名を決めてください」
「えっ……自己紹介?」
戦う相手のことを知る必要があるのか。それとも……。
「では、まず」
手を挙げたのは三十代夫婦の男の方だ。
「私は
「じゃあ、次私達」
次は若い女子二人が手を挙げる。
「えっと……
自己紹介をした方が姉なのか、ホットパンツとサンダルというラフな格好で、妹の方はメイクなのか目のまわりがキラキラしている。
「では、お次は……」
僕は手を挙げた。
「岡本昴と中嶋あかりです。高校生です。チーム名は……」
中嶋さんの方をチラリと見ると彼女が口の動きで『たのむ』と。
「スターオーシャン」
格好よすぎただろうか。
「ねぇ、お姉ちゃん。あたしたちももうちょっとイケてる名前がよかったな」
「いいじゃん上南女子で」
星の海。僕の名前の由来は確か星団だ。牡牛座にあるプレアデス星団。
「では最後に」
おじさん二人はムスッとしている。
「私は
もう一人のおじさんはメガネをかけている。
「
チーム名はどうするのか。
「チーム名は」
「オジサンでいいでしょ」
元木さんの言葉を遮った火野さん。
「はぁ? そんなんでいいのか?」
「べつにチーム名なんてなんでもいいじゃないか」
全然ダメだ。敢えてペアにしなくてもいいような気がするが。
「ではチーム名が決まりました! 清水夫妻、上南女子、スターオーシャン、オジサンの四チームで闘って頂きます!」
なんとなく自分のチーム名だけ格好良くしすぎて浮いている。中嶋さんがどう思ったかわからないが、まぁ名前は何でもいいであろう。
「では、早速一回戦です! 皆さんこちらへどうぞ」
職員のあとに続いて、科学センターの先に進むと、だだっ広い空間に出た。
「あれっ、前たしか恐竜の骨格標本あったよね?」
確かに、うろ覚えではあるが遠足で来た時に大きな恐竜の骨が展示されていた。
「残念ながら閉館するにあたって、別の場所に保管されています。その他の展示物も一旦別のところに移しています」
え、そうなんだ。まぁ取り壊し工事を行うことを考えたら当然か。
「でもここは変わっていないな」
オジサンこと火野さんが右の方を指さした。そこにはなにか覗けるスペースがある。
「スイッチを入れますね」
茶髪の女が何やら操作すると、炎が灯った。アクリル板かガラスかわからないけど隔たれた向こうで燃えているのは、赤い炎、緑の炎、ピンク色の炎。
「すごっ! 緑色の炎だ!」
土浦姉妹が驚いている。
「さて、第一問。緑色の炎は何を燃やしているでしょうか⁉️」
唐突にクイズが出題された。え、もしかしてゲームが始まったのか?
「ちょっと待って、それってもうゲーム開始ってこと?」
「その通りです。第一回戦はクイズ大会です!」
一同は唖然としている。
「なんか拍子ぬけちゃう」
土浦、姉がそう言う。
「第一回戦は準備運動みたいなものです」
茶髪のお姉さんがそう言うが、準備運動。そしてどうやって答えるのか。早押しボタンも何もない。
「銅だろ」
火野さんが答える。
「正解でーす!」
「何かわからないことだらけだな。このクイズに一問正解して得られる賞金がいくらなのかの説明もないし、本当にテレビ番組なんかになるんか?」
訝しげな顔の火野さん。
「確かに、カメラ入っているんだからちゃんとステージみたいなの作らなくていいの? ほら、ブースに分かれて、早押しボタンとかあって」
オジサンの片割れ、元木さんが腕を組んでいる。オレもそう思った。なんだか適当な出題だな。
「こちらの一回戦クイズは、正解しても賞金はありません」
「なんだと?」
火野さんがギョロリとした目を主催者の方に向ける。
「ただいまのように、ブースはありません。館内でしたら、どこでも自由に動いて頂くことができます。ただ、二問目からは制限時間を設けるので、こちらのフリップ(※)に、チームで相談して答えをお書きください」
※フリップとは、クイズ番組などで使用する解答用の厚いボード
茶髪の女性が大量のフリップを取り出した。
「んで、書いてどーすんだよ」
元木さんが苛立っている。
「タイマーがセットされているので、十分後にフリップをそれぞれのチームで
掲げてもらいます。正解は一つだけ。フリップにあれこれたくさん答えを書いても、その中の一つだけを選択して頂くのでよろしくお願いします」
「ではフリップを配らせていただきますね。あとマーカーも」
女性から五枚のフリップと油性マジックを渡される。
「こんな自由な状態だと、人の答えとか見ようと思えば見れますよね?」
清水晴夏さんがぼそっと言った。
「お姉ちゃん、カンニングオッケーだって」
「バカねぇ」
「ちょっと待てよ、姉さんよ」
元木さんが今にも血管が切れそうなくらいプルプルしている。
「賞金が出ないのに、答えろってそれ何の意味があんだよ!?」
今にもブチ切れそうな元木さん。ああ、もうキレているか。
「賞金がなくても、一回戦で優勝したチームは二回戦を有利に進めることができます」
「……二回戦の内容が気になるな」
清水夫妻がポツリとそう話すが、確かに何かにおいて説明は不十分である。
「では、ここから本番です! 制限時間は一問につき十分間です!」
今までは女性二人のスタッフしかいなかったが、どこからか黒子の格好をした人が現れてギョッとする。大きなタイマーを会議用長机に置いて去っていった。
「ルールとして、ご自身の持参しているスマートフォンやタブレットなど、外部と繋がる端末を使用することは禁じます。では、第二問です!」
唐突に二問目が始まった。
「上南市立科学センターでは恐竜の骨格標本を三点表示していました。一つがティラノサウルス、もう一つがプテラノドン、さて、最後の一つは何だったでしょうか?」
司会者が問題を読み上げるとタイマーがカウントダウンを始めた。
「え、標本……ここにあったやつだよね。確かにティラノサウルスは大きくて目立つから覚えているけど……」
僕が中嶋さんの方を見ると、中嶋さんが困った顔をしている。
「私、実は今日来たのが初めてで……」
「え、そうなの!? 遠足で来なかった? あ、もしかして他のところから引っ越してきたとか?」
僕の記憶では確か四年生の春の遠足が科学センターだった気がする。そして上南市の小学校は全部行き先が一緒だと聞いていた。
「遠足は昼だから、私は欠席したの……」
「あ……」
迂闊だった。
「ごめん……」
「ううん、全然」
気の効かない男だと思われただろうか。僕は必死でその時の光景を思い出す。あれからもう七年経っているけれど、思い出せるかな。
気がつくと、僕と中嶋さん以外誰もフロアにいない。
「あれ、他の人たちは……?」
この科学館は確か二階建て、別館もあり、地下もあった気がする。
今いるのが一階メインフロア。エレベーターの電気はついているので、地下にも二階にも行こうと思えば行けるのであろう。別館は確か食堂になっていた。あと中庭もあったはずだ。
「みんなどこへいったのかしら……」
「手がかりを探しにいったのかな」
タイマーは残り七分二十秒。思い出せ。
「どうする、私達も行く?」
中嶋さんがそう言うが、しばらく立ちんぼだったせいかめまいがした。
「大丈夫!?」
「ああ、ごめん」
「やっぱりやめるべきだったかな?」
「え?」
「私が無理やり参加させてしまったから。待ってて」
突然中嶋さんがどこかへ走りだした。僕は置いてけぼり。恐竜の種類は……。
なんかティラノサウルスが目立っていたからそれより小さかったんじゃないか。そしてプテラノドンは天井からロープかなんかで吊るされていた気がする。
勘でしかないが、草食の恐竜な気がした。
残り時間五分、中嶋さんが戻ってきた。
「貸出し用の車椅子、あったから乗って」
車椅子を取りにっていたのか。
「どうしよう、あと五分」
不安そうに中嶋さんがタイマーを見つめる。
「あのさ、勘だけど草食だった気がするんだよね」
「そうなの? 岡本くんは恐竜に詳しい?」
詳しいかと問われたら、恐らく―
「ごめん、全然詳しくない」
「だよね……」
「みんな本当にどこに行ったんだろ」
「ちょっと移動してみない?」
中嶋さんがエレベーターのボタンを押す。チン! 古臭い音が鳴った。
「上、それとも下?」
「とりあえず二階へ行ってみるか」
上ボタンを押して二階へやってくると、そこも殆どもぬけの殻の空間だ。
「二階には何があったの?」
「えっと……」
ダメだ、七年前の記憶なんて上書き保存されまくっている。
その時、二階の端の方に誰かがいるのを見つけた。あれは……土浦姉妹だ。
土浦姉妹は、僕らが二階にやって来たのに気づいて声をかけてきた。
「わかった?」
「全然」
「問題を解いている途中で、こんな風に話していいの?」
「さあ?」
エレベーターがまた動いたと思ったら、カメラマンだった。僕たちを映しにきたのだろうが、マヌケな姿しか披露できない。
「君、さっき車椅子なんて乗ってたっけ?」
土浦の妹の方が不思議そうな顔をする。
「あ、実は病気で」
「えー、そうなの。かわいそう」
かわいそうって言葉がどうもひっかかる。
『残り三分』
アナウンスが鳴り響いた。時間がない。
「とにかくなんでもいいから書いた方がいいよね」
一度に五枚もフリップを渡されても邪魔で仕方ない。
土浦の妹が適当に何か書いている。
『サメ』
それを見た土浦姉がため息をつく。
「あんたねぇ、サメは恐竜じゃないでしょう」
「え、じゃあお姉ちゃんはわかるの?」
「……」
僕らはその場を離れた。
「私達も何か書かなくちゃ」
中嶋さんに促されても、何を書いていいのかわからない。
『残り一分』
「ああ、もうヤケクソだ!」
僕はペンを走らせた。
『終了です。各自、一階メインフロアにお集まりください!』
結局のところ何も思い出せなかった。