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最終話 ひとまずの閉幕ですわ


「おはよう美子っち!」

「おはようございます、有栖」

「……よっ」

「莉愛さんは無愛想ですわね」

「うるさいよ……」

「……おはよ、レミコ」

「ごきげんよう、織子」


 ――あれから1週間。わたくしは久しぶりの登校と相成りました。


 あの日、海原先生の顎を打ち抜いた瞬間、扉の向こうで待機していた織子達がなだれ込んできました。

 目的はなるべく多くの人間に真相を聞かせること。一応、スマホを通話状態にして若杉警部とその奥様にも聞いてもらっていましたけども。


 その後はそれほど難しい話ではなく、気絶した海原先生を若杉警部と共に回収。校長先生とわたくしの両親を病院に呼んでの話し合い――


◆ ◇ ◆


「……海原先生が君のことを気にかけていたのは知っていたが、まさか監視するためだったとは……。だから私の車を使ったりしたのか……」

「貴方はこの事件に関与していませんわね?」

「そう聞かれれば答えはイエスだ。だが、私も海原先生と同罪だろう。君が飛び降りた時、なるべくなにも無いように、ロクな調査もせずに揉み消そうとしたのだからな……」


 病院で静かな部屋を借りて校長先生に事情を聞くわたくしたち。震える手で汗を拭いながらなにを考えていたのか口にする。

 彼は白。本当に事なかれ主義を貫こうとしていたようです。 そこでお母様がテーブルを叩きながら激昂しました。


「そうです! 私達があれだけ言ったのになにも対策も調査もしないからこんなことになるんです! これはどう責任を取るつもりですか……!!」

「いや、その……」

「校長先生、あなたの仕事は教師のまとめ役でもあるはずです。聞かせていただきたい」


 お父様も珍しく真剣な顔で校長先生を糾弾する。『バレなければ良い』ということが見透かされた今、誘拐騒ぎの時の強気な態度は無い。

 ケジメはつけないといけませんが、結果的にすべてが済んだのでわたくしとしては『それなりの罰』があればいいかと思います。


「お母様、お父様、まあいいでしょう。今後に期待する、ということで」

「でも……」

「お母様、心配はもっともですわ。ですが、元凶である海原先生はすでに追い込みましたし、校長先生は自己保身をしていただけですし」

「辛辣ぅ♪」


 有栖さんが嬉しそうに口を挟むと、校長先生の顔が苦いものに変わる。そこで若杉警部がわたくしに話しかけてきました。


「神崎さん、さっきの話だけど校長先生はともかく、海原先生も特にお咎めなしでいいのかい? ご両親は納得していないみたいだけど……」

「そう! それもよ美子ちゃん! きちんと罪を償わせないと!」

「いえ、いいのです。なにもしないことも時には罰になりますわ。海原先生やバイク男、あの誘拐犯には慰謝料をいただきますが、それ以上は必要ありません」

「いいの? 逆恨みをしてくるかもよ」


 織子が訝し気に言ってきますが、わたくしは微笑みながら頷いて答えます。


「こちらの実力は先ほどお見せしましたし、彼女達がなにかをすれば疑いは全て向こうへいきます。下手なことはできませんわ。もちろん、次は無いことを伝えてから解放しますが、ね?」

「怖い怖い。あたし達が狙われた責任とってくれるんでしょうね?」

「ふふ、殆どそれは無いかと。むしろ牢に入れてもせいぜい数年。そのことで拗らせる可能性の方が高いですから『助かった』と思わせることと、わたくし達が『助けた』という事実があれば大丈夫でしょう」

「うへ、極悪……」


◆ ◇ ◆


 ――ということで、両親を説得し、警察にもお金で解決することを告げました。

 それから一週間。弁護士という色々なものを請け負う方にお願いして、今に至るということですわね。


「あら、おはようございます里中さん」

「お、はよう……。まさかなにも無いとは……」


 わたくしたちが席で話をしていると、里中さんが登校してきました。訝しむような困惑した感じの顔でそんなことを口にする。

 なのでフッと笑いながら返してあげます。


「いえいえ、これから貴女にはわたくしの役に立ってもらうのですから。まあ、パパ活は止めた方がいいと思いますが」

「しー!! やめてよこんなところで!」

「えー、いいんちょそんなことやってたん? ギャルってのも意外だったけどぉ、やるねえ♪」


 にたりと有栖が笑いながら里中さんの肩に手を置いて言う。からかうのかと思ったのですが、


「なんかアクセの情報なぁい? いいんちょそういうのやってたならオシャレに気を遣うでしょ?」

「え? え、ええ……いいけど……。神崎さんを追い詰めたのに、怒ってないの?」

「美子のことは怒っているけど、本人がもう居ないしね……レミコがいいなら仕方ないわ。それにあんたも結構苦労していたみたいじゃない」


 織子が少し寂しげな顔でそんなことを言います。

 わたくしがここに居ることが不満でしょうけど、好きでわたくしがここに居るわけではないというのも理解しているあたり、彼女はいい子なのでしょう。


「まあね。……というか本当に中身が別人なのね。レミと美子でレミコ、か。とりあえず、色々とありがと。ウチの両親を説教したのは驚いたわ。それもあんたが私を許す代わりに、娘にちゃんと向き合えってさ」

「原因の原因というやつですからね」


 この一週間、やれることは全てやりましたからね。里中さんを嫌悪していた彼女の両親ですが、どうしてそうなったのかを懇切丁寧に話してあげました。

 最後は泣きながら里中さんに謝っていましたわね。え? 別に大したことはしておりませんわよ?


「なになに? 委員長その三人となんかあったのー?」

「い、いや、なんでもないのよ! ま、またね神崎さん!」

「ええ」


 クラスメイト達に問われ、慌てて皆さんのところへ行く里中さん。彼女の背中を見ながら莉愛が口を開く。


「……しかし、本当に良かったのかなって思うよ。校長も慰謝料ってことで話をつけたんでしょ?」

「ええ、バイクの男も、後で判明した男達三人も示談というやつで終わらせました」

「やれやれレミコと一緒に居たらなんかに巻き込まれそうな気がするわねえ」

「なら友人を辞めてもいいですわよ?」

「冗談。美子が戻ってくるかもしれないし……」

「?」

「あんたはあんたで面白そうだからね」

「フフ、いい顔ですわ織子」


 織子は初めて満面の笑みを見せてくれました。美子とも本当に仲が良かったのでしょう。


 そして――


「ホームルーム、始めるよー。席についてー」

「おっと、諸悪の根源が来たねぇ♪ 席にいこっかぁ」

「こっち見てるよ、怖い怖い」


 ――いつものように入ってくる海原先生。彼女は有栖たちの声を聴いてこちらに目を向けてきました。


「それじゃあ後でね、レミコ」

「はい」


 わたくしたちの様子を睨むような複雑な表情で見る海原先生。立ち止まる彼女に、声をかけます。


「どうしましたか海原先生? きちんと働かないと、お給料は出ませんわよ?」

「~! わ、わかってます!! 皆さん席について!!」


「お、おお……なんか機嫌悪いな……」

「海原先生、あの日~?」

「うるさいわね! ……ん、コホン。えっと、今日の報告は――」


 激昂する海原先生はハッとなり咳ばらいをして普段の状態へ戻りました。

 ま、慰謝料という示談金で結構いただくことがわかっていますし、彼女からするとわたくしは守銭奴に見えていることでしょう。


 だからわたくしは――


「頑張って働いて、汚名を返上することですわね」

「……」


 小声でそう言い、目を瞑ります。

 聞こえていたかは知りませんが、罪は罪。代償は払わねばなりません。そのために職を失わないようにしてあげましたしね? フフフ。


 これで全て日常へ……


「……いえ、まだ一つ残っていましたか」


 それは本物の美子の存在。この体からいったいどこへ行ってしまったのか?

 いつか戻ってくることがあるのか? それとも、わたくしが戻ることに?


 先の話はわかりません。ですが、この世界に居る限りはこの体を大事にすると約束しましょう。


「いつか出会えるといいですわね」


 わたくしはそう呟いて少し暑くなってきた青空を窓から見るのだった――








◆ ◇ ◆




 ――いつかどこかの世界で


「お嬢様ぁぁぁぁぁ!? すみません申し訳ございませんんんん!」

「……ん。ここ、は?」

「良かった! 気づいた! もう少しでこの首が飛ぶところでしたっ! 大丈夫ですかお嬢様?」

「おじょう、さま? わたし、飛び降りたのに……。あなたは誰、ですか」

「え!? わ、私はシャーロですけど、わ、わからないんですか……?」

「ご、ごめんなさい」

「やっぱダメだ―!! 逃げるか? いや、それはそれで危ない。旦那様、奥様ぁぁぁぁぁ!!」

「ひっ……! さ、騒がしい人……ね。それにしてもここはどこだろう……。確かにあの時、ビルから飛び降りたはずなのに――」


 もうひとつの物語が、始まる――



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