「……私って同じ学校の子とはつるんでいないけど他の学校の子とはよく遊んでいるの。派手な格好をしていても……例えば佐藤なんかとも話は合わないし」
「制服を着ていなければわかりませんからね」
「うん……。で、自分で言うのもなんだけど、私は結構、可愛いらしいんだよね」
「特に異論はありませんが」
わたくしがそう答えると『ありがと』と短く呟いた。そして、ことの真相を口にするため、自分の頬を叩いた後、わたくしの目を見て話し出す。
「別世界の人間ならわからないかもしれないけど、この世界には簡単にできる犯罪が多いの。その一つがエンコー。それと――」
「パパ活、というものでしたかしら?」
その言葉に一瞬目を見開き、ため息を吐くと、そのまま続きを口にする。
「そうね。最初のは結構エグイ感じでエッチなんかをしちゃうんだけど、パパ活はそこまでいかないわ。ご飯を一緒に食べて、カラオケ行ったりとかくらい。で、私はパパ活をやっていた」
「体は売らなかったと」
「まあね。ストレス発散ができれば良かったわけだし、そこまでリスクを負う必要は無いでしょ? ……でも、少し前からヤバいことになっててさ」
里中さんが視線を落として言う。
ちなみに『ヤバい』というのは『危機』や『とんでもない』ことを表す意味らしいですわね。
そして本題ですが、他の学校の生徒で似たようなことをやっている者から新しいパパ活の相手を紹介されたそうです。
しかしそれは罠で、援助交際目的の男だったとのこと。
「……界隈だと私は人気らしくて、目障りになったんだと思う。それこそあの時、あんたに見られて写真を撮られたのが最初ってわけ」
なるほど。ここで写真の彼女と美子が繋がってくるのですわね。
「あの時はサラリーマンのおっさんと一緒だったけど、あんたに『写真を撮られた』ってことで追いかける口実が出来たから逃げられたの。だけど、その後は不安でしょうがなかった……」
「美子はなにか言っていたんですの?」
「まあね……」
◆ ◇ ◆
「や、やっぱり……さ、里中さんだった」
「だからなによ……! 神崎、あんたチクるんじゃないわよ!」
「ああいうの……よくないと思う、から……もうやめよう? なんだかあの男の人といる時、焦っているみたい――痛っ!?」
あの夜、私を撮ったのはやはり神崎美子だった。少し暗いからわからないと思ったけど、まさか呼びだされるとは思わなかった。しかも階段下とかベタな場所に。
というかこの子、確かモデルの娘ってことで中学からいじめられているって話だっけ?
それはともかく、割と裕福な暮らしをしているらしいこいつに説教じみたことを言われた私は、かっとなって彼女の頬を引っぱたいて怒鳴りつけた。
「うるさい! あんたになにが分かるのよ! モデルの母親ってステータスがあるだけでも羨ましいのに、その上、優しい両親だなんて……!」
「でも、ほら……わたしがこんなのだから……。お母さん達には迷惑ばかり……。あ、で、でも、わたしにできることがあったら、言って、ね? 脅されているなら先生に言えば――」
いじめられている底辺に心配されている? 人気者である私が? ……ふざけるな……!!
「うるさい……! 私の写真を消しなさい」
「きゃ――」
「あなた達、そこでなにをしているの!」
「先生!」
「な、なんでもないんです、海原先生! ……後で覚えておきなさいよ」
そう言って私はその場を離れた。
ふと振り返ると、海原先生と話す神崎の姿が目に入る。
なぜか困惑している神崎と、真顔でなにかを言っている先生。チクったにしては神崎が狼狽えすぎな気もするけど――
◆ ◇ ◆
「そこから私は神崎からスマホの写真を消すように何度も言った。けど、その内、才原達がなにかを察したのか神崎を放課後に連れ出すようにした」
「それでじれったいと感じたあなたは隙を見て美子をここへ呼びだして突き落とした、と」
「……え、ええ、そうよ……。これが全部。あーあ、これでなにもかも終わりかあ」
視線を泳がせてからわたくしの言葉を肯定。これで犯人という言質が取れたのでまずは一段落というところでしょうか。
「しかしお金は稼いでいるのではありませんか?」
「まあねー。あんまりきれいなお金じゃないけど」
「わたくしの世界であれば娼婦として大金を稼ぐ者もいます。お金はお金、それをどう使うかはあなた次第でしょう? 親元から離れるのも面白いかもしれません」
「とりあえず、全部が終わってからかな? ……あんたの味方が来たみたいだし」
そう言った瞬間、彼女の背後にある扉が勢いよく開き、三人の人影が屋上へ躍り出てくる。
「話は聞かせてもらったわ。まさかあんたが美子を追いつめていたなんて」
「いいんちょ真面目だと思ったらあたしと同じ感じだったんだぁ。仲良くしよ? なーんて♪」
「ふん、一緒にするなっての。三馬鹿も神崎を脅迫しているのかと思ってたんだけどねえ?」
挑発する有栖に嘲笑で返す里中さん。それに莉愛が反応する。
「一人で悩み抱えてはっちゃけるよりはマシでしょうが。ウチで鍛える?」
「お断りよ。脳みそ筋肉なんて笑えないわ」
「さて、それでは一旦の幕引きですわね。織子、ありがとうございます」
「いいわよ。……これで美子も報われるといいわね」
「……」
開け放たれた扉から若杉警部と他二名の警察官が現れ、里中さんを確保。事前に話を聞いてもらうため扉の向こうで待機してもらっていましたから証拠はばっちりでしょう。屋上から織子達と里中さんが退場する。
「……? 神崎さん、君も行くぞ」
「ああ、少しだけ余韻に浸らせてもらえますでしょうか? 色々な意味でここは思い入れがある場所ですので」
「先に降りているよ。飛び降りたりしないでくれ」
「ええ、もちろんです」
そういって若杉警部が屋上を後にする。それを見届けてからわたくしは輝く月を見上げた――