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第42話 出口のない抜け道というやつですわ


「正直なところを申し上げますと記憶は戻っておりません」

「なんですって? 記憶、戻っていないの……?」


 削除したかったスマホの写真を見せながらわたくしがそう口にする。すると里中さんは様子を探るように聞き返してきた。

 スマホを前に出したままの状態で問いに答える。


「別に隠しているつもりはないので言ってしまいますが、わたくしは別世界から来た存在ですわね。中身……魂というべきものが違うのです」

「……?」


 なにを言いだすのかという顔でこちらを見る里中さん。信じるも自由、ということで唇に指を当ててからわたくしは続けます。


「こことは違う世界から来た者とでも呼べばいいでしょうか。わたくしの名前はレミ・ブランディア。美子の身体に入った別の人間ですわ」

「な、なにを言っているのよ……あ、頭おかしいんじゃない!」

「もしそうであれば……それは貴女のせい、ということになりますがよろしいでしょうか?」

「……!」


 顔をこわばらせる彼女。

 しかし、話は始まったばかりだと言うのにすぐ反論できないのは甘いですわねえ。

 そこで里中さんは深呼吸をした後、こちらを睨みつけながら口元に笑みを浮かべる。


「……ふう。ちょっと驚いたけどよく考えたら、そのスマホの写真と私じゃ全然見た目が違うわ。どう証明するのかしら?」

「それについてはそれほど難しいことではありませんわ。あなた、左首のあたりに小さいですが痣がありますわね? 現代の技術と言うのは凄いですわ。この写真を拡大すると――」


 一歩、里中さんのところへ向かいながら写真を指二本で拡大する。直後、彼女は自分の左首を隠すように手で覆った。

 そして目の前に写真をつきつけながら、そっと左手を外してあげると――


「……同じ形ですわね。こちらに気付く直前の写真なので良く見えましてよ。あなたは何度かわたくしのスマホを手に取ろうとしておりました。恐らくこれを削除したかったのでしょう?」

「……」

「無言は肯定と取りますわ。しかし愚かな行動を犯しましたわね。記憶が無いという話も持ち上がっていたのですから大人しくしていれば容疑が向くことはなかったでしょうに」


 物凄い汗をかいている里中さんは、もう物言わぬ人形のようになっていた。そんな彼女へさらに証拠を出してあげましょう。


「この貝型のイヤリングもあなたのでしょう? わたくしがこの場に来た時に拾ったものですが、状況から見て間違いないかと。この世界には『でーえぬえー』検査というものがあるらしいですし? 警察に伝手もあるのですよわたくし」


 小さなビニール袋(これも驚きの技術)に入れていたイヤリングを摘まんでから小首をかしげて微笑むと里中さんがその場で座り込んだ。


「……どうしてこのようなことを?」

「……」


 少しだけ距離を離してから片膝をついて語り掛ける。しばらく沈黙が場を覆っていましたが、やがてポツリポツリと話しだした。


「……私……私の家は良くも悪くも普通なの。ただ、お父さんが厳しい……いや、厳しすぎるくらいの人間でさ……」

「向こうの世界ならよくある家庭ですが」

「ふん……。信じたわけじゃないけど、あんたのその喋り方と煽り方は神崎にはできないわね。まあ、こっちの世界は成績が全てとか品行方正だけはしっかりしろとか口うるさい親が多いのよ」


 『ウチはその分かりやすい例』と口にし、観念したのか事情を話し出す。


「ふう……。さっきも言ったけどお父さんは厳しい人でね。帰る時間はもちろん、食事中に笑うことも無いような冷たい人間なの。口を開けば勉強をしているのか? 成績はどうだという話ばっかり……! ああ、口にしていると本当にやんなるわ……!!」

「それで?」

「ストレスがマックスまで上がった私は中学の時、一度倒れた。それでもあのクソ親父は見舞い一つ来なかった……!!」


 コンクリートの足場を殴りつけて激昂する里中さん。父親との確執が相当なものだと感じさせる表情ですわね。


「お母様は……?」

「母さんはマシだけど仕事人間ってやつでね。娘には自由にやらせたい、だってさ。はは……! ていのいい『放任』ただの放任よ! ……だから――」

「だからあの時、誰も迎えに来なかったんですのね」

「……そうよ」


 誘拐騒ぎの際、警察署で彼女だけ親が迎えに来なかったのはそういう背景があった。そういうことのようです。


「しかしこれではまだ説明が足りません。わたくしはどうして美子を突き落としたのかを聞きたいのです」

「そう、そうね……。あんたにとってはそこが重要か。まさか別人とは思わなかったけど。私はさっきストレスがマックスになったと言ったけど、大人しくしているのが嫌になったの」


 ――そこで学校帰りやお休みの日にギャルのような格好をするようになったらしい。

 元々、オシャレは好きだったものの勉強の邪魔だと父親に止められていた。それが鬱憤となり、溜まってしまったのでしょう。


「……自分を変えることがとても面白かったし楽しかった。特にあのバカな両親に隠れてやっていることに興奮もしていたわ」

「その気持ちはわかりますわね。わたくしはそうでもありませんでしたが、貴族の中にはそういう束縛する親や政略結婚の道具にされる子供ということもありますから」

「……小説とかアニメである異世界ものってやつで見たこと、あるかも。……でも、私は……調子に乗り過ぎた」

「調子に? それが美子を追い詰めた理由でしょうか」


 わたくしの言葉に小さく頷く。里中さんは両手を頬につけてから絞り出すように声を、出す。

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