「俺はなんも知らねえよ。その女を捕まえて来いって金を貰ったからちょっと脅かそうと思っただけだ」
「その女は何者だ?」
「さあな。どっかで遊んだ奴の誰かだろ。実は知り合いの妬みとかだったりしてな?」
バイクの男が大仰に手を広げて言うと、若杉警部が『質問をしているのはこっちだ』と低い声で返す。
――あれから数十分ほどで警察がやってきてバイク男は拘束。連行される中、わたくし達も事情聴取ということで警察署へ。
「まさかオレ達も厄介になるとはなあ……」
「アニキには連絡を入れている。大丈夫だ」
「ヤスさん、ヒロさんすみません」
「いや、いいんだ。が、実際目の当たりにすると男の俺でもびっくりしちまう」
ヒロさんが頭を掻きながら取調室の方を見る。わたくし達は事実確認だけなので別室でさっと終わらせて廊下で合流しました。
向こうでは蛮族が襲ってくることはそれほど珍しいことではないので、平和な町中と言えど油断しない心構えが今回の危機を乗り越えることになりましたわね。ありがとうございます、テレーザお母様。
さて、問題のバイクの男ですが、口を割るつもりは無いようですわね。ただ、男が口にしていた『どこかで遊んだことがある【女】』が『指示』を出したという情報でほぼ確定。後はどうやって暴くか、ですわね。
「どうしたもんかね」
「あれは口を割らないでしょう。罰金だけいただいておきましょうか」
取調室から出てきた若杉警部にそう答えると、肩を竦めながらわたくしを見て口を開く。
「今、父親を呼んだ。早計に考えなくていいと思ったけど心当たりは……ありそうだな」
「もちろん。今日の今日で行動を起こすとは思いませんでしたが」
「ふうん? その言い方だと犯人の目星はついているようだけど?」
「そうなんだ、姉ちゃん?」
流石は警部。少しの言葉で察するとは。
「そうですわね。明日は家から出ませんが、明後日の月曜日に答えが出るかもしれませんね?」
「……一人で突っ走るんじゃないぞ? なにかをするつもりなら、僕達に連絡をするんだ。いや、むしろ犯人の名前を――」
「ダメですわ。下手に警察が監視をすると動かなくなる可能性が高くなりますから。名誉毀損と言われても面白くありませんし」
「はあ……」
わたくしが唇に指を置いてウインクをすると若杉警部がため息を吐く。
……決着はこの手で付けなければ気が済みませんしね。
「ああ、あんた達ももう帰ってもらって構わない。ご協力感謝します……ってな。桧垣んとこの部下だろ?」
「げ、知ってんのかい!?」
「まあな。ヤツは元気にしているのか?」
「先ほど話しましたが、彼は気だるそうでしたわよ」
「ああ、ならいつも通りだ。神崎さん達はお父さんが来るまで待ってもらうけど。そっちがいいなら送っていくよ」
「あれが基本なんだ……」
涼太が呆れ笑いをしながら天井を仰いで桧垣さんの顔を思い出す。まあ、なにかあるとは思いましたが若杉警部の知り合いでしたか。
この様子ですと、他にもわたくしの周りに何人か監視が居てもおかしくなさそうですわね。敵も、味方も。
「いや、オレたちゃアニキに直帰でいいって言われてるから、その辺で飲んで帰るわ」
「だな。……気をつけろよ」
「ええ、ありがとうございます」
ヒロさんがそう言って片手を上げるとヤスさんと一緒に警察署を後にしました。
「……」
「バイク男の名前は『宝田 敦』というらしいけど、心当たりは?」
「ありませんわね。クラスにそういう苗字の人間も居ません」
「そうか。弟とか妹繋がりがあると思ったんだが」
「もしそうならすでに調べているのではありませんか?」
わたくしが視線を向けると、若杉警部が片目だけ大きく開いて驚きの顔を見せてきました。恐らく美子が飛び降りた時に、今回のような事情聴取は行われていたはず。
生徒たちにも先生を通じて聞き込みをしていてもおかしくありません。
「……まあ、ね。ただ、ここまで『なにも出てこない』のは逆に珍しいんだ」
「というと?」
「もし、今回みたいに襲われでもしたらそこから本命へ追跡ができる。けど、飛び降りた時点では本当に疑わしき話が無かった。先生からも、生徒からも」
友人が少なかったとはいえ織子さんとは通じていたはず。しかし、彼女とも少し疎遠になっていたころの事件なので織子さんも驚いていたわけですし。
「……怪しいとすれば――」
「美子! 涼太ぁぁぁ!」
バイク男の言葉でとある考えが一つ、浮かび上がる。考えをまとめようとしたその時、お父様が叫びながら走ってくるのが見えた。
「早かったですわね」
「当たり前だろ!? 仕事じゃなくて良かったとここに来るまで何度思ったか!」
「二人とも無事!?」
「母さん!? 仕事は?」
「パパに言われてきたのよ! 現場が近かったの」
二人がわたくし達を抱きしめて涙を流す。
心配をかけてしまいましたわね。でも大丈夫、この一連の事件の幕はもうすぐ閉じるのだから。
「それじゃ帰りましょうお父様、お母様」
「そうだな。帰りに何か食べて……いや、危ないな。出前にしよう」
「出前も怖いけどね? 持ち帰りでいいんじゃない」
涼太がそういうので、わたくしは少し考えてから口を開く。
「お寿司は持ち帰りというのはできるのでしょうか……?」
「また!? いや、できるけど……」
「ふふ、ならお寿司にしましょうか。好きなものを選べるから美子達の好きなものを頼むといいわ」
「なんですって?」
それは、凄いことなのでは?
おっと、それはともかく、挨拶をしておかねばなりませんわね。
「若杉警部、ありがとうございました。なにかあればまた連絡いたします」
「頼むよ。ご両親も心配だと思いますが、我々も尽力いたしますので」
「ありがとうございます。ウチのおてんば娘が申し訳ありません」
「まあ」
お父様が珍しくそんなことを言いわたくしはお父様へ抗議の声を。
それに笑いながらわたくし達一家は帰路へ着くのでした。
そして月曜日――