「おはようございます! 神崎さんもお出かけですか?」
「ええ、ちょっと記憶を取り戻すために弟と探求を」
「壮大な物語みたいに言うの止めなよ姉ちゃん。あ、初めまして、神崎涼太です」
嘘ではありませんのに。
ま、それはともかく休日でこの人の多さの中、わたくし達が出会うとは珍しい偶然ですわね。
……ここに座ってから周囲を確認していましたが、里中さんが追っていたということは無さそうでしたし、偶然は間違いないでしょう。
「初めまして涼太君」
「里中さんはなにをしに駅前まで?」
「え? えーっと……お買い物?」
挨拶もそこそこに目的を尋ねると、不意打ちを受けたような顔で、目を上にあげてから返答がありました。こちらに尋ねるのだから聞き返されるくらいは考えていないとダメでしょうに。
「本当ですか? 男とデート……とか?」
「……! や、やだなあ、私みたいな子に彼氏が居ると思う?」
「それはわたくしには分かりませんわ。案外、大人しい子に居る可能性はあるみたいですし。もしかしたらわたくしにも記憶を失う前は隠れて彼氏がいたのかも……?」
「……」
「――なんて、彼氏がいるならわたくしのスマホに連絡がありますわよねえ。家族以外から連絡が無いから居ないのでしょう」
わたくしがスマホを取り出してそう言うと、里中さんは目をパチパチさせてから頭をかいて口を開く。
「あ、あはは、そりゃそうだよね! 彼氏がいたら心配して連絡してくるわよね!」
「うふふ」
「あははは。……そういえば、神崎さんと連絡先交換したっけ?」
「いえ、していませんわね」
「せっかくだし、今やっておこうか? スマホ、貸してもらっていい?」
「嫌ですわ」
「なんでよ!?」
わたくしの手にあるスマホに彼女が手を伸ばしたところで、ひょいっと上にあげて回避すると、珍しく声を荒げてずっこけた。
「とりあえずクラスメイト達と連絡をすることは今のところ考えていませんからね」
「で、でも、また危ない目に遭ったら……」
「両親や涼太、モデル事務所の方達へ連絡するので大丈夫ですわ。さっきも事務所の人に会いましたしね。意外と世間は狭いみたいですから」
「そ、そう……。そ、それじゃわたし、行くね」
「ごきげんよう」
「あ、それじゃ」
と、涼太が手を振ろうとしたところで里中さんはそそくさとこの場を離れました。それを横目で見ながらわたくしは呟きます。
「……後をつけますか」
「え? あの人、怪しいの?」
「里中さんは三人が口にしていた委員長という方ですわ。偶然は偶然でしょうけれど、普段なにをやっているか確認するチャンスかもしれません」
「普通の人っぽいけどねえ……」
するとそこへ――
「ねー、そこの君、一人? 良かったら遊びに行かない?」
「可愛い、いや美人かな? いいお店知ってんだ。高校生?」
――派手めな格好をした男が二人声をかけてきました。
「わかりやすいナンパ……!」
「ああ? なんだてめぇ」
「邪魔するのか?」
「い、いや、俺は――」
「ウチの弟ですわ。そんなにいきり立つなんて、心に余裕がない証拠ですわね」
座ったまま見上げるわたくしは、この愉快な光景を見て口に笑みが出ていることでしょうね。
「なんだと……!」
「女の子一人ナンパするのに二人がかり。さらに近くに居る男を恫喝で排除しようとしましたわよね?」
「くっ……」
「自分に自信があればそんなことをしなくても堂々と声をかければいいのです。というわけで相手にもならないのでごめん遊ばせ。涼太、行きますわよ」
そう言って立ち上がり涼太を促して立ち去ろうとした瞬間、
「待ちやがれ……! 恥かかされたまま終われるか!」
「こちとらランチは女の子と行くって決めてんだコラぁ!」
背後から男の一人がわたくしの肩に手を置いて制止してきました。なんだかよく分からないことを叫んでいますが、里中さんを見失うと困るのでさっさと退散しましょうか。
「フッ」
「え? ……ぐあ!?」
「「な!?」」
わたくしは振り向きざまに男の手を掴むと、次の瞬間男は地面に倒れていました。なにがなんだか分からないという男。ちなみに「な!?」は涼太の分も含まれていますよ?
「い、いてえ……。な、なにが……」
「涼太の持っていたゲームに面白そうな技を使うものがあったので参考にさせていただきました。真空投げ? とかいう技ですわね」
「それ悪役の技だ!?」
「くそ……調子にのりやが、いててててててて!?」
「わたくし達急いでおりますの。これに懲りたら恫喝のような真似はしないことですわね。【烈風撃】」
「うお……!?」
これもゲームで学んだ技ですが、実際は風魔法なんですけどね。男は滑るように吹き飛んでいき、
「な、なんだ?」
「女の子が男を投げ飛ばしていたぞ」
「いや、見えない何かで吹っ飛ばしたような……」
……場が騒然となってきましたわね。
「逃げますわよ」
「あ、待ってよ!? 里中さんはそっちじゃない、こっちに行ったよ。後、さっきのも悪人の技だよ!」
「よく覚えていましたわね。では行きましょう」
方向を変えて涼太の指す道へと駆けていく。人畜無害そうな里中さんですが、どうにも何か隠していそうな感じがするのですが、どうでしょう。