「いい天気ですわねえ」
「命を狙われているのに暢気だなあ……」
とりあえずふぁみれすで朝食を終えたわたくし達は、適当に町を散策するべく歩き始めました。
涼太の言う通り、狙われているのは間違いないのですが、早朝と言って差し支えない今、動きがあるとは思えないんですよね。
むしろ動きがあるならずっと監視されている証拠にもなるので、それはそれということにしています。
「時刻は9時半。どこか面白いところはありませんの?」
「ちょっと早すぎるかな。だいたいお店は10時とか11時だし」
「では少し待ちましょうか。あの呪文のような飲み物を買いに行きたいのです」
「レミ姉ちゃんには荷が重いよ……?」
有栖さんがサッと口にしていたのですが、面白かったので真似をしてみたいと思ったからですわ。
「時間つぶしかあ」
「公園でいいのでは?」
「今の時代、公園は取り潰されていてあまり無いんだよ。こういう住宅街にこそ必要だと思うんだけどね」
「そうですか。世知辛い世の中ですわねえ。なら人が多いところへ行きましょうか」
「となると駅前かな。歩いていたらいい時間になるかも」
ということでわたくし達は駅前へ。
折角ですし、この世界のことをもう少し知っておくのもいいかもしれませんわね。
◆ ◇ ◆
「ふむ」
「どうしたのさ」
「ここだけでこれだけの人間……多いですわね」
「あー」
土曜日は色々な方がお休みという話は聞いておりましたが、凄いですわね。駅から人が出入りするだけでもわたくしの住む町の2倍は居るのではないかしら?
特に目を引くのは衣装やカバンでしょうか。デパートというところで見ましたが、たくさんの『メーカー』という職人がいるため皆、様々なものを身に着けることが……いえ、選ぶことができるのが素晴らしいですね。
「向こうの世界ではオーダーメイドの貴族お抱え職人が一番の流行なのですがね。クチュールが作ったプリンセススパイダーのドレスなど素晴らしかったですわ」
「クモって……やっぱり異世界なんだなあ……」
「体長3メートルくらいだからそれほど大きくないですわよ」
「でかいよ!?」
散歩がてら駅まで歩いて行くと、壁についている時計が10時半を少し過ぎたところを差していました。そろそろお店が開くころですわね。
そう思っていると、自動車が駅前広場に数台やってくるのが見えました。
「おや、ここに乗りつけていいのでしょうか」
「あれはキッチンカーだよ。あそこで料理を売っているんだ」
「なるほど、露店ですわね」
「まー、そうかな?」
ふうむ、自動で動く車に調理器具を乗せて自由に販売……。向こうの世界で拡充したら平民には助かりますわね。
とりあえず近くのベンチに腰かけて周囲を見れば見るほどこの世界は恵まれていて平和だとハッキリわかりますね。
飢饉などもあり得る向こうの世界とはまるっきり違う。
逆に……平和すぎて、刺激を求める人間というのはあり得そうですわね。物が豊かになると心に余裕ができる。ただ、そうなると今度は『退屈』が心を支配していくもの。
だから貴族は奴隷を戦わせて賭け事をしたり、平民を苦しめるようなことをするのですから。
「……しかし、美子がそういう『派手』なことをしていたとは思えませんわね。狙われているというのは明らか。考えられることとして、犯人に対してなにか証拠を持っているから、ということが濃厚……?」
「どうしたのぶつぶつなんか言っているけど……」
「いえ、少し考えから外れていましたが美子には記憶が無い、ということを明言していますよね」
横を歩いていた涼太がわたくしに聞いてくる。つい口にしていましたか。それならと気づいたことを話す。
「記憶が無いと知っているならわたくしを誘拐するメリットがあまり無い気がするんですよね」
「そういえば狙われる理由は分からないままだもんね。で、記憶が無ければ相手にしない方がいいのか」
「わたくしが嘘を吐いていると思い込んでいると考えれば辻褄は合いますが――」
そのために誘拐騒ぎを起こすでしょうか?
寝た子を起こす必要になるし、現に先生……校長まで出てくる始末。
騒ぎが大きくなるのは失策だと思うのですがね?
「あら、美子ちゃんに涼太君?」
「おや貴女は……スミレさん?」
涼太と真相について話していると、お母様のマネージャーであるスミレさんが目の前に現れました。お互いこんなところで、という感じで指を差し合って口を開く。
「今日はお休みですか? 事務所は年中無休と聞いていますが」
「流石に毎日はブラック企業ですよ!? 週休二日は義務ですよ義務、ふふん!」
「冒険者が自分の好きに休むようなものですね」
「ぼう……?」
「ああ、なんでもないよ春日さん。ところでどこへ?」
涼太が話題を変えると、スミレさんはよくぞ聞いてくれましたとその場で一回転して鼻息を荒くします。
「これからデートよデ・エ・ト!」
「「え!?」」
「なによ!?」
「いや……」
「ねえ?」
彼氏が居ない、と聞いていたのでわたくしたちの驚きは当然なのですが――
「最近はマッチングアプリという便利なものがあるのよ! 何度かやり取りしていて、今日初めて会うの」
「ああ」
「知っているのですか涼太?」
「まあね。後で教えるよ。なら……上手くいくといいね、としか言えないけど」
歯切れの悪い涼太が苦笑していると、スミレさんはウインクをしながら一歩下がり手を振る。
「ということだからまたね♪ そういえば姉弟仲良くていいわねー」
「ごきげんよう」
「嵐のように去って行ったね……」
まあ、彼女の浮かれっぷりからそこそこいい条件の男性なのでしょうし、温かく見守る方向が良さそうですわね。後を追うのも面白そうですが。
そんなことを考えていると、
「あ、神崎さん?」
「あら、里中さん」
今度は里中さんと遭遇しました。意外と世間は狭いですわね?