「……あの日、美子の様子がおかしいことには気づいていたの」
最初に口を開いたのは才原さん。
飛び降りた日、美子の様子がおかしかったと告げる。
「結局、なにが悩みなのかどうしても話してくれないからしばらく疎遠にしたのよ。それでも一週間くらいだけど。そしたら美子に動きがあった」
「どういった会話があったから教えてくださいますか? ほら、『まんが』とかである回想シーンみたいな感じで。ほわんほわんと」
「できるか!? ってその顔でそういう話をされると泣けてくるんだけど……」
「はいはい、織子は美子ちゃん大好きだもんねー」
佐藤さんが才原さんの背中をポンポンと軽く叩く。さて、あの距離感はわざとだったということのようですわね。
「それであの日、少し慌てた様子で学校を出た美子の後をつけた。だけど、例の廃ビル付近で一度見失ったのよ」
「それはどうして?」
「日が暮れちゃった時間……確か19時くらいだっけ? その時、海原先生に止められたのよねー」
「……海原先生が?」
あの自身を守ることしかできない先生がその時間、なぜそんなところへ……? 察するところ、
「それで、その後は?」
「海原先生に注意されている最中に、わたし達は三方向に分れてその場を逃げた。恐らくそれで目の敵にされているのかもとは思っているけど」
「で、その直後に有栖が廃ビルから落ちる美子を発見して通報って感じね。先生に見つかっていたし、私達がこの場に居るのがばれるのはまずいと判断してすぐ逃げたの」
田中さんが首を振りながら当時のことを振り返る。
一緒に逃げると危ないと言うことで三人はバラバラに逃げたということですわ。
この証言を信用するなら、
① 飛び降りに加担していない。
② 飛び降りた後、通報したのは彼女達。
③ 三人は味方として良い。
ということになりますわね。それはそれとしてまだ気になる点を開示していきましょうか。
「うーん、例えば廃ビルから誰か出てきたとか、不審な人影は無かったか、みたいなのは無いんですか? 通報できるくらい近くに居たならなにか見ていそうですけど」
そこで涼太が首を傾げて疑問を口にしました。
「弟君の言いたいこともわかるぅ~。でも、あたし達もあの時あせってたからねぇ。瞬間を見たのは運が良かったのかも」
「なるほど。でも誰か一人は残った方が良かったような気もしますわね」
「そうね……。気が動転していたから、ごめん」
「まあ、いいですけど」
あまりにもあっさり頭を下げたので正直、ちょっとびっくりしました。
才原さんが美子を親友だと思っていたのは嘘ではない、か。
「さて、だいたいの関係性は見えましたね。ご協力、ありがとうございます」
「これからどうするの? 犯人を見つけるにしても苦労するんじゃない?」
「田中さんの言う通りですわね。ただ、なんとなく犯人の影が見えてきた気がしますわ」
「本当に? だ、誰なの?」
詰め寄ってくる才原さんを手で制してから、わたくしは唇に指を当てて「しー」と喋らないというジェスチャーをします。
「なんでよ!」
「なんとなくですが、才原さんに話すと隠せそうにないな、と」
「あー」
「あー」
「なによ!? 二人まで!?」
恐らく、教えてしまうとその方たちに突撃をして証拠を隠されるのではないかと思うのです。
……それに残り二人もまだグレー。この後の行動で白であるかを証明してもらいましょうか。
「じゃあどうするのよ?」
「お三方に容疑者は言いません。そして、次の登校からも今まで通り距離を置いていただけると助かります」
「それでなんとかなるの?」
「ええ。ただ、視点を変えてもらいたいのです」
「視点~?」
佐藤さんの間延びした声に頷く。どういうことかを端的に話すことにしましょう。
「見るべきはわたくしではなく周囲ですわね」
「美子の周りってことか……」
「神崎に近寄ってくる人間達を観察しろってことか。確かにあんたが『なにかを握っている』なら排除にかかる可能性は高いものね」
そう。
わたくしの前では猫を被っていても、第三者からみると怪しい動きをしているかもしれません。だから彼女達には別視点でわたくしを取り巻く環境を精査して欲しいのです。
「それは全然オッケー♪ こっちも先生に疑われて腹立たしいしー? たまには二手に別れてとかもアリかも」
「単独行動は止めてくださいね? わたくしの予想では飛び降りたのではなく、突き落とされた線が濃厚だと思っていますので」
「本当に実行犯がいるってことか……。あ、誘拐があったもんね」
協力者だと知られれば次に狙われるのは三人になることも考慮しています。だからこうやって朝早く集まったというのもありますしね。
「話はこれくらいでいいでしょう。朝早くから申し訳ありませんでした」
「別に、いいけど……。ねえレミコ、美子は戻ってくると思う?」
「レミコ?」
「呼び方、困るし。あんたは美子じゃないし、涼太もレミ姉ちゃんって言ってるし。あんたがレミで美子の体。だからレミコよ」
「むう」
「あ、不服そう。でもいいんじゃないレミコちゃん!」
佐藤さんが面白がっていることに口を尖らせるわたくし。まあ、別にどっちでも構いませんが、才原さんの中では飲み込めないのでしょう。
「それは許可してあげます」
「生意気!」
「なんとでも。では後は魔法を……。おや、これは」
「どったの?」
スマホがブルブルと震えてポケットから取り出すと、早朝にも関わらず着信というものがありました。
画面には
『若杉』
と。
なにか情報がありましたかね? 出てみましょうか。