使用人の詰所かと見まごう応接室へ通されたわたくしたちの前に、担任の海原先生と、不機嫌そうな顔で座る見知らぬ男性が視界へ入りました。
こちらに気付くとまず海原先生が立ち上がってわたくしたちの下へ。
「うわあああん、無事でよかった! 私の教師生命が終わるかと思ったっ!」
相変わらず保身を口にするあたり、涼太の言葉を借りるなら『ブレない』人ですわね。そこで先生は才原さん達に気付き、今度はそちらへ声をかける。
「あんた達がなにかしたんじゃないでしょうね? 今日も午後はサボっていたみたいだし、また連れまわしたとか」
「あ? そっちこそ私達を不良扱いしてんなよ?」
「な、なによ。私は先生として他の生徒を――」
「海原先生。止めなさい。で、とりあえず生徒は無事なんだな?」
「校長先生……」
ふむ、校長先生でしたか。
家へ謝罪に来たという話は両親から聞いていますが、初めて見ましたわね。あの頃は学校へ関わらせたくないという話でしたし。
「はい。神崎さんがさらわれそうになったところで、この三人が大声で周辺の人へ声をかけたそうです」
「実は君たちが誘拐犯をけしかけた、なんてことはないだろうな」
「校長先生とは話し合う必要がありそうね……!」
「ふざけたこと言うわね、両親もそろそろ来るからじっくり話す? ちょうどここ、警察署だし?」
「はい、そこまでですわ」
田中さんと才原さんが詰め寄ろうとしたところでお二人の後頭部を掴み、引き下がらせる。
「なにするのよ美子、あんただって……」
「いいですから。とりあえず海原先生、校長先生わたくしたちは無事ですわ。ただ、今後ここに居る五人が狙われることがあるかもしれません」
「え」
「制服で学校を特定されていますからね。それにあの誘拐犯の一人は抜け目が無さそうでした。わたくし達の顔を覚えている可能性は十分にあるかと」
もし才原さん達が主犯でアレらを操っているとして、その理由が考えられないんですよね。姿を見せずに放置していた方がさらいやすくなりますから。
わたくしが思ったより強く、捕まるのを阻止するために自作自演という可能性もありますが――
「ふん。このことは他言無用だ」
「校長……!」
「明日は緊急朝礼だ。不審人物に注意するよう喚起しなければ。……君の二の舞はごめんだからな」
「そうですわね。何度も学校側の失態を見せるわけにはいきませんものね?」
「……」
まともなことですがわたくしを煽ってきたので微笑みながらそう返すと、バツの悪い顔で目を細める校長。
「ちょ、神崎さん、言い過ぎ……」
おろおろする海原先生にもなにか返そうと思ったところで若杉さんが二人とわたくし達の間に入って口を開く。
「まあまあ、先生方も急な話で驚いたことでしょうしお気持ちはわかりますが生徒さんへ配慮した方がよろしいかと思いますよ。それと私はこういうこともやっていまして……」
「なんだ? 事件調……? これは噂の――」
「なんですの?」
「いいからいいから」
名刺という紙を若杉警部に渡された校長先生は緊張し、冷や汗を流しておりました。警部というのは知っているはずですがね?
「織子!」
「あ、お母さん」
「なにがあったのよ……!」
「莉愛、おめえ……」
「と、父さん!? なんで、母さんまで……ぐえ!?」
「有栖ちゃ~ん?」
「ノウ、ストップ、ママ。それ以上近づいたら……ぎぃやぁぁぁぁ!?」
それから程なくして各家庭の親御さんたちがやってきて場が騒然となった。田中さんはお父様に拳骨を受け、佐藤さんは頬をつねられているのが痛々しいですわね。
「あら、美子ちゃんじゃない……!? やっぱりこの子がなんかしたんでしょ! ごめんねえ。織子ったら昔から美子ちゃんのこと好きだから」
「ちょ、なに言ってんのお母さん!? うざ……帰る……」
「あ、待ちなさい! 美子ちゃん、最近見ないけど、また遊びに来てね。織子、待ちなさい!」
「ええ」
顔を真っ赤にした才原さんが肩をいからせながら応接室を出ていき、その後をお母様が追いかけていく。なるほど、昔は友人だったというのは本当なのですね。
「じゃあね、美子ちゃん♪ 痛いってママ!?」
「神崎……気をつけなよ?」
「田中さんも」
キリっとした顔で忠告をしてくれましたけど、お父様に首根っこを掴まれて引きずられる彼女の方が心配ですわね。佐藤さんはお母様そっくりなんですけど。
「……」
「里中さんの親御さんはまだ来ませんわね」
「ウチは仕事が忙しい、ですからね。さっき来れないって連絡があったの」
「そうでしたか」
彼女はパトカーではない普通の自動車で送ってもらうようですわね。そうしているとわたくしのお母様もやってきました。
「美子!」
「ごめんなさいお母様。心配をおかけしました」
「本当よ! もう、キレイになったから変な人が寄ってきたのかしら……。やっぱり送迎をすべきね……。私の出勤と合わせて……」
「大丈夫ですわ。人の多いところを移動しますし、ね?」
わたくしを抱きしめて鼻をすするお母様は本気で心配したと口にします。まあ、今後の警戒は必要でしょうけど、この話……美子が飛び降りたことについて、もう少しで紐解けそうな感じがします。
「そ、それじゃあ私も行くね」
「ええ、里中さん。付き合っていただきありがとうございました」
「では、私達も行きましょう美子ちゃん。今日は怖い思いを払拭するためお寿司にしましょう」
「お寿司……!」
なんという僥倖。
これなら毎日誘拐を――
「ああ、神崎さん。さっきの件は後で」
――などと考えていたら若杉さんに声をかけられて我に返ります。
「よろしくお願いいたしますわ」
「……失礼します」
「……」
「神崎さん、やっぱり学校に来ない方が……ひぃ!?」
「美子は学校へ行きたいと申しております。それが教師の言うことですか? ……私も親の資格はないかもしれませんが、努力はしておりますよ」
「お母様、他の生徒の心配もありますし」
本気で睨むお母様にそう言うと、わたくし達は応接室を後に。先生二人は若杉さんにお任せする形ですわね。
「わ!?」
「おや、里中さんどうしました?」
「あ、すみません! 靴ひもがほどけて結んでいたんです」
「ごめんなさいね、蹴ったりしていない?」
「大丈夫です! それでは!」
そういうと里中さんは早足でこの場を離れていきました。
「ふむ」
――ひとまず敵と味方はまだ混在している、と。さて、少し周囲の状況がわかってきましたかしら?
「それではお寿司を買いに行きましょうか」
今は疲れを癒しましょう。