「こ、こんにちは……!」
「あんた、美子の弟……涼太だっけ?」
「うん。そうだけど、よく覚えてましたね」
「あ、うん。久しぶり、かな」
とりあえず知り合いと目が合ったからには挨拶をする必要があるかと、僕がぎょっとしながら声をかける。すると向こうもどっきり顔で返してくれた。
「えー、なになに? 誰、この子ー!」
「神崎の弟?」
「うん、まあ……」
才原の姉ちゃんが居心地悪そうにする中、派手なギャルが俺を見てでかい声を上げ、めちゃくちゃクールな女子がこちらに目を向け、上から下まで見てくる。
感じ悪い……けど、誰かに似ているなと思った瞬間、横に立っていた連れが驚いた声を出す。
「あ、お姉ちゃん!」
「おねえちゃん?」
「げ、依子、なんでこんなところに……」
「この人、田中さんのお姉さんなのか!?」
僕と一緒にいる女の子、田中 依子さんが一緒に居るクールな人に気づき声をかけると、姉だということが判明した。そういえば居るとか言っていたような気がする。
そのまま僕はみんなの話に耳を傾けていた。
「そうよ。まあ、この辺はよく来るって言ってたから居てもおかしくないけど」
「むう……」
「えー! いいなー! あたし一人っ子だから姉妹とか憧れるんですけどぉ」
ギャルがうるさいなあ。
とりあえず俺と田中さん……は紛らわしいからと妹の方は依子ちゃんと呼ぶことに。
……この三人はレミ姉ちゃんが怪しんでいる疑惑のある人達だ。その割に弟である僕には気さくに話してくる。なにか話が聞けるといいんだけど、どうだろう。
「よろしくお願いします! 先輩!」
「おう……先輩……莉愛、この子連れて帰っていい?」
「ダメに決まってんでしょ。で、依子はデート?」
「ううん。ちょっと家庭科で使う布の買いだしだよ。神崎君にお店を案内しているの」
「だよね」
それはなんの『だよね』なのか気になるけど、依子ちゃんと釣り合っていないというのは分かってるんだよ……!!
クラス……いや、学年でも可愛いと評判なんだよね。
姉妹だけあってお姉さんも美人だなと思いつつ、俺は咳ばらいをして才原の姉ちゃんに尋ねる。
「才原の姉ちゃんはなにをしているんです? 放課後のショッピング?」
「そうよ。この子が新しいマニキュアが欲しいって並ばされた」
「へえ。佐藤先輩好きそうですもんね。でも二人はそうでもない?」
俺が尋ねると依子ちゃんのお姉さんは肩を竦め、才原の姉ちゃんも苦笑しながら口を開く。……おや?
「ギャルは有栖だけなのよ。わたしも莉愛もオシャレは好きだけど、服とか髪型くらいかな? 先生もうるさいしさ」
「ホントよ。有栖はある意味凄いわ」
「なーによー」
と、和やかな雰囲気が場を包む。
変だな……俺を姉ちゃんの弟と知ったのに、三人とも慌てている様子がない。
特に才原の姉ちゃんは主犯だと考えているだけにこの態度。警戒している感じもないね。開き直っているのかな?
「あ、そうだ! 弟クン聞いていい? 美子ちゃんって家ではどうなの? 記憶、失くしているみたいだけど――」
「「……!?」」
「――で、美子ちゃんの変わりようが……もがが!?」
「ちょ、あんた!」
「美子ちゃん? 誰なのお姉ちゃん?」
「な、なんでもないから。依子には関係ないし。ほら、買い物行くんでしょ? 遅くなるとお母さんうるさいから早く買って帰りなさい」
「う、うん」
姉ちゃんの名前が出たら動揺したな……。後ろめたいという気持ちはあるのか? でも佐藤先輩の聞き方だと仲が悪いって感じじゃない。
「あの、才原の姉ちゃん」
「ひゃい!? な、なに?」
「姉ちゃんのことで相談したいことがあるんですけど」
「……それは――」
「織子……」
俺の提案に真っすぐ目を見て口ごもる。少しだけ考えた後、口を開く。
「――いいよ。わたしも気になることがある」
「それじゃ……」
「でも今はダメ。買い物の途中でしょ? 次の土曜日、家に行く。美子が嫌がるならファミレスとかストバでもいいけど」
ストバとは呪文みたいに長い名前の飲み物を出すカフェだ。というか今まさにここがそうなんだけど。
だけどこれは僥倖かもしれない。才原の姉ちゃんが『美子姉ちゃん』をどうしていたか聞くチャンスだ。
『レミ姉ちゃん』が調査しているなら本人と話すのもアリだろう。
……問題はその後。犯人だった場合レミ姉ちゃんがなにをしでかすか分からないのが悩みの種。
いや、姉ちゃんは対面にせず、後ろの席とかで聞いてもらえば――
「わかりました。それじゃここで話しましょう。土曜日」
「オッケー。それじゃ連絡先交換ね」
「……私もしておこうか。妹の友達みたいだし」
「え? あ、ありがとうございます」
「先輩のもやろー! あ、莉愛の妹ちゃんもー♪」
「いいですよ!」
そんな感じで約束を取り付けると何故かギャル先輩と依子ちゃんのお姉さんとも連絡先を交換することになった。
二人とも美人と可愛い系なのでラッキーかもしれない。いや、違う。敵かもしれない相手からの連絡先は牽制にできる。
「それじゃ」
「はい」
「早く帰って来てよ、お姉ちゃん」
「わかってるって」
依子ちゃんが口を尖らせながら莉愛さんにそう言い、俺達は本来の目的である布を買いに足を進める。
「……神崎君、お姉ちゃんみたいなのがいいの?」
「え? どういうこと?」
「なんでもない! 行こ!」
「あ、ああ」
ちょっと機嫌の悪くなった依子ちゃんに手を引っ張られてたたらを踏む。そこでポケットのスマホが震えたので通知を見ると――
『依子に変な真似したら殺す』
「……」
「ん? どうしたの?」
「……なんでもない」
やはり彼女達が犯人じゃないのか?
俺は冷や汗をかきながらスマホをポケットへ戻し、ため息を吐くのだった。
◆ ◇ ◆
「……神崎の弟にしちゃ普通だったわね」
「礼儀正しいよ、昔から」
「知り合いなんだ? そういえば美子ちゃんと中学は一緒だっけ?」
「そ。家も近――」
涼太たちが立ち去った後、静けさが戻ったテラスでわたし達はまた話を始める。今ので疲れたからそろそろ帰りたいかもしれない。
そんなことを考えていると――
「……美子」
「ん? あ、本当だ。一緒に居るのは……委員長か?」
「珍しいねえ。ちょっと前じゃ見かけない二人じゃん? ……後をつけますか、お二人さん?」
――委員長、里中と一緒に歩く美子を発見した。
どうしてこんなところに? 疑問が沸き起こったわたしはドヤ顔で顎に指を当てる有栖の言葉に頷いた。