「花瓶、ですわね」
わたくしの席であると告げられたそこには花瓶が置いてありました。
確かこの世界でこれは、その席の人間が亡くなったことを示すものだったはず……
「……」
周囲に目を向けると、おっかなびっくりの顔をしたクラスメイトと、ニヤニヤとわたくしの動向を見ている者に分かれているのが伺えますね。
さて、このまま犯人捜しをしてもいいのですが、黒幕を引きずり出さないと意味が無いのでここは穏便に済ませましょうか。
「きれいなマリーゴールド……でも、わたくしには勿体ないですわね。これは窓際に置いておきましょう」
わたくしが特に意に介さず窓際の太陽が当たる場所へ花瓶を移動させると、ニヤニヤしていた女性と数人が真顔になるのを確認。
概ね特定ができましたわ。ふふ、意地の悪そうな顔をしていますこと。
……しかし、この花をわざわざ選んだ人間は賢いかもしれませんわね。
確か花言葉は『嫉妬』『絶望』『悲嘆』だったはず。
悪意を持って置いたのは間違いないでしょうね。
ただ――
「フッ」
「……!?」
着席したわたくしはつい笑みを零してしまいます。
だってそうでしょう? いつ復帰するかも分からないわたくしの机にせっせと用意してくれるなんていじらしいじゃありませんか。
そんな中、先ほど席に案内してくれた女生徒が声をかけてきました。
「……あ、あの、神崎さん、身体は大丈夫? 記憶が曖昧って……」
「ええっと、あなたは……?」
「あ、ごめんなさい!? え、曖昧じゃなくて記憶が無いんだ……? わたしは『里中 清美』でクラス委員です!」
「ああ、そうですのね。おかげさまでなんとか体は異常なしと診断されましたわ。ご心配をおかけしたみたいですが、今日からまたお世話になりますわね」
「う、うん……それじゃ気を付けてね」
たおやかに笑みを作って小さく会釈をすると、里中さんは周囲を気にしながら小声でそう言って立ち去っていく。
「きゃ……」
すると、里中さんに肩をぶつけながら、確か『ぎゃる』と呼ばれる格好をした女性が入れ替わりにわたくしに話しかけてきました。
「退院おめでとー♪ 美子ちゃん……飛び降りたんだって?」
「そのようですわね。よく覚えておりませんけど」
「……ふーん。あたしのこと、覚えていないんだ?」
「残念ながら……」
――残念ながら、美子の日記には個人名は無かったんですのよね。
もし分かっていればもっと話が早かった……それこそ学校で問題にするか『ますこみ』とかいうてれびの方々で問題にするなど、吊るし上げができたはずなんですもの。
そしてこの自殺未遂によりわたくしの魂がこの体に入ったと思えばそうなった原因菌を始末しないと気が済みません。
……まあ、お寿司は美味しいのでそこは感謝ですが。
そんなことを考えていると『ぎゃる』ではない方の女の子がわたくしの耳元で囁くように口を開きました。
「……なら思い出させてあげるわ美子。このあたし『
「……」
「おはよう皆さん。ホームルームを始めますよ」
挑発的な笑いをしながら、サイバラさんはわたくしの目をしっかり見据えてそう口にしました。
ちなみにあまり構わないのは涼太達の言葉でここでの『美子』は暗い子のようでしたのであまり口を開かず反論もしない方針ですの。
コテンパンにしたら真実が闇へ消えてしまうかもしれないので、泳がせるためにも必要ですしね?
そして新しく仕立てた伊達眼鏡越しにサイバラさんを見返していると先生らしき女性が教室に入って来て他のクラスメイトたちがそそくさと席へ戻って生きました。
「チッ……」
場の緊張が解けたことに苛立ちを隠さずサイバラさんも席へ。
「それじゃ、出席を……。あら、神崎さん? 今日から登校だったの? 話を聞いていないけど……」
「はい。勉強が遅れるのが嫌だったので急でしたが復帰させていただきました。また、よろしくお願いします」
「え、ええ……」
わたくしを見て顔色を変える担任。
名前こそ無かったものの、この方については日記にありましたから概ね知っていますが。
『先生は助けてくれない……』
その一行と、目の前に居る女教師がわたくしを見た際の顔色。
そしてなにより『わたくしの体についてなにも聞かなかった』ことから、いじめがあったことを見ぬふりしていたと考えられますわ。
……まあ、女教師は後でいいとして、主犯っぽいサイバラさんが何をしてくるのか楽しみですわね。
ひとまずはこちらの世界の授業を聞いてみましょうか。
お母様が作ってくれたお弁当も楽しみですし、この世界に居る内は楽しまないとですわね。
戻れるか分かりませんけど。
さて、一応勉強したとはいえ数日のことなのでまだ不安が残りますわ。
授業で当てられないとも限りませんし、復讐……もとい復習をしておきましょうか。
……サイバラさんが首謀者であることはほぼ間違いないことが分かったのは僥倖でしたわね。このまま適当に以前の美子っぽく振舞えば向こうからアプローチをかけてくれることは明白。
「……フッ」
もしかすると楽にいくかしら?
そういえばバタバタして忘れていましたが魔法は使えるのでしょうか?
それも試してみないといけませんわね――
◆ ◇ ◆
「……あいつ、よく帰ってこれたね織子」
「記憶が無いからあたし達にびびってないのかしら……。ならもう一度思い知らせてやるだけよ」
「たまに笑ってるの不気味なんだけど……というか関わらない方がよくない? 警察も居たし」
「確かに有栖の言う通りかもよ織子。飛び降りたのが私達のせいだとか言い出したら――」
「……」
授業中、織子と取り巻きがひそひそと『美子』をチラ見しながら意見を言い合っていた。
そんな中、織子は不機嫌な顔を隠しもせずに『美子』を睨むのだった――