「ん……」
物凄く重いまぶたを開けるのを辛く感じ、長いこと寝ていたのだと直感する。
どれくらい眠っていたのでしょう……?
ゆっくり目を開けながら、そもそもいつ寝たのか? という単純なことが頭に浮かび、一気に意識が覚醒。
「そうです、わたくしは!?」
「お、おお……目が覚めた!? き、奇跡だ! 君、早くご家族を呼んで!」
「は、はい!」
わたくしが声がした方を向くと、白衣を着て少々お年を召した男性が女性に指示を出し、看護服を着た女性が慌てて部屋を出て行きました。
「……? ここは?」
見知らぬ二人の恰好はお医者様のようですが、あのような方は見たことがありません。しかもよく見れば自室でもない様子……
そんなことを考えていると、医者だと思われる男性はわたくしの手を握ってきました。
「良かった、みんなが懸命に処置をした結果だ……!!」
「……! あなた、貴族のわたくしの手を何もいわずに掴むとはいい度胸をしていますわね!」
「はい? ……うわあああ!?」
わたくしが手を捻るとその場でひっくり返る男性。まったく医者とはいえ無礼な人が居たものです。
その直後、閉じられた扉が開いて先ほどの看護師戻ってきましたわ。
「さ、お嬢さんとお話を……って、いやああ、先生ぇ!?」
「わたくしの手を気安く握って来たので懲らしめてやりましたわ」
悲鳴をあげて慌てる女性にわたくしが説明をしていると、後ろに控えていた男女と14、5歳くらいの男の子が青い顔でわたくしを見つめていました。
やはり見たことが無い顔に服装……彼らはいったい何者でわたくしはどうなってしまったのでしょうか?
ぼんやりと意識を失う瞬間を思い出しかけ、首を傾げているとわたくしの前に来て呆れた声をだす男性。
「お、お前、治療してくれた先生になんて仕打ちをするんだ……」
「……治療? わたくし、どこも悪くなかったと思いますけれど。というかあなた方は誰ですの? このレミ=ブランディア、見知らぬ他人にお前呼ばわりされる覚えはないのですが?」
「レミ? なんですって? ああ、やっぱり打ちどころが……」
それにしても覇気のない男性とその妻でしょうか? わたくしの言葉に目を丸くしていると、男の子がわたくしに憐れみの目を向けて口を開きました。
「……やっぱ頭を打ったのはヤバかったんだって父さん。喋り方もおかしいし、相当追い詰められていたんだよ。姉ちゃん、俺のこと分かる? 涼太だよ」
「全然わかりませんわ」
わたくしよりも若い男の子が心配そうに覗き込んでそんなことを口にしますが、名前も顔も覚えがまったくありませんわね。
「うう……折角目が覚めたのに美子がおかしくなっちゃって……」
「な、なんですの!? わたくしがおかしいみたいな言い方やめていただけますか!? 美子とは誰ですか! それとあなた達は何者なんです!」
わたくしが声を荒げていると先ほど転ばした男性が立ち上がり、眼鏡をなおしながら、言う。
「ま、まだ、混乱が見られるようですな。しかし体は元気なようですので、現状をゆっくり聞かせてあげることがよいと思います。それでは家族だけの方が良いでしょう、すぐ検査をしますがそれまで話かけてあげてください」
「は、はい!」
「それじゃ美子さん、体温と採血しますね」
「な、なんですの!? わたくしはレミですわ! ミコって誰ですのぉぉぉぉ!?」
「姉ちゃん、現実逃避しちゃってるのか……可哀想に……」
「うう……」
少年の憐れみを含んだまなざしにイラっとしながらも、見たことのない部屋、知らない一家に『ミコ』だと呼ばれている。
わたくしは間違いなくレミ=ブランディア。ブランディア家の長女……最後の記憶は確か――
「記憶喪失なのか……? ならどこから話すべきなのか……」
「名前からじゃない? 母さん、泣いてないで無事だっただけでも良かったろ」
「……そう、そうよね……ああ、美子、良かった……」
「ちょ、ちょっと……。ふう、一体なにがどうなっているんですの……?」
「それはこっちのセリフだって姉ちゃん」
と、涼太と名乗った少年は苦笑と安堵が入り混じった顔でわたくしにそんなことを言う。
……振り返るのは後にして、ここが一体どこなのかを知ることがですわね……まずは大人しく彼らと話をしてみることにしましょうか。
どんな状況でも冷静に。
ブランディア家の家訓を頭に思い浮かべながらこの場に居る家族を見るのでした。