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11行きはよいよい


「おい、昼永ひるなが。なぜこんなことになった。なんで〈楽器を叩き壊す白兵隊〉のボスとやりあってる。報告しろ」

「……いや、だって、悪うないもん。ウチ今回襲われたもん。正当防衛やもん」


 仁王立ちする大友刑事。

 と、地べたに正座する和装の男。――昼永。

 どうやら大友刑事の部下だったらしい。ということは――この国は妖怪を公務員として雇っているのか?……。あんまり考えすぎないでおこう。

 大友刑事は一通り昼永の話を聞いたあと、突然の乱入者にフリーズしていた濁都に、「で、事実か?"俺"は両者の意見が聞きたいそうだ」と眉間に皺を深めて言った。


「あ、お、おう……。ンだよ。サツかよ。…………悪かった」


 えらく素直に謝った。


「いえいえ。こちらこそ、いきなり殺そとして悪かったなぁ」


 こちらも、ド直球で謝った。

 というか、それは謝るなよ。倫理的に許されようとするなよ。


「"俺"は今追っている事件でてんてこ舞いのようだ。この件については互いに何もなかったということで手打ちにする」

「あ……お、おい!」


 昼永さんを立たせ、そのまま電波塔へ行こうとする大友刑事らに、濁都は慌てて声をあげる。


「電波塔を調べているのか?なぜ調べる?」

「――捜査情報なので秘匿させてもらう」


 ええやん教えたれば、と昼永さんが横槍を入れたが、ギロリと大友刑事に睨まれ、慌てて口をつぐむ。

 だが、すぐにその唇を開いて、また懲りずにも言葉を紡いだ。


「でも、公安のリストにもあったやん、〈楽器を叩き壊す白兵隊〉のボスって"叡智マインド"持ちなんやろ?ほんなら、協力してもらったほうが――」

「――いい。やめろ」


 子供が死ぬのは見たくない。

 そう言って、大友刑事は手で僕らを追い払う仕草をした。

 ――早く帰れ。

 そういうことだろう。

 …………。


「だからって大人しく引き下がるわけには――」

「濁都。ここは引こう」


 僕が濁都の肩に手を乗せると、濁都は握りしめたこぶしを力いっぱい握ってから、やっと、解いた。

 ここに限定せずとも、まだアプローチの仕方はいくつかあるかもしれない。地道極まりないものになるだろうが……。でも、少なくとも、警察の捜査を邪魔してまで僕らがここで捜査することが正解だとは到底思えなかった。

 多分僕らが調べているのは、同じ事柄だ。

 こんな場所に来るんだからまあ当然のことで、他に理由もないだろう。もしかしたら、〈楽器を叩き壊す白兵隊〉以外にも同事件と思われる行方不明者は頻出しているのかもしれない。

 僕は大友刑事に向き直る。


「大友刑事、昼永さん。ご迷惑お掛けしました。僕らは帰ります」

「おう。もうすぐ夜が明ける。気を付けて帰れ」


 僕らは荷物と眠ったのどかを引き取りに、大友刑事らを小走りで追い越した。

 電波塔の中に入り、散らかった荷物をまとめ、それから、涎を垂らして寝ているのどかを揺すって起こす。しばらくむにゃむにゃ言ったあと、のどかは瞬きを数度して、「あれ?犯人捕まっちゃった?」などと、おかしなことを言う。


「……もう、のどか。お前が寝てる間こっちは大変だったんだぞ……。じゃなかった、とにかく、ここを出ることになったから、一度僕の家に帰ろう。話はそのときに」

「わかった~……」


 口元を拭いつつ、のどかはのんびり起き上がって伸びをした。それから、もうすぐそこまで来ている大友刑事と昼永さんを見て、反応し、首を傾げる。


「あ!大友刑事と……誰?」

「昼永さんっていうんだって。信じられないかもしれないけど、見ての通り妖狐――妖怪だって言ってた」


 あの獣耳と獣の尾。すべらかで絹のような、そして月明りに光るグリッターの毛並み。先ほどまでの一戦など露ほども感じさせない余裕さである。

 はて、そんな昼永さんと視線が合った。

 正確には、昼永さんは僕の隣ののどかに視線を合わせたのだろうが――ともかく。

 昼永さんは突如として、


「なんやその子!!かわえええええ!!ほしいいいいいい!!!」


 と凄まじいジャンプ力で跳び移動しながら僕らの前まで即座にやってきて、のどかの両手をとり、


「昼永です!よろしゅう!公務員なので収入安定してます!ウチと夫婦めおとになりませんか!」

「えっ、嫌です」


 ざっくり告白 (?)を断られていた。


「なっ、なんでなん?!こんなん奇跡的な思し召しやん!運命的な出会いやん!お友達から!お友達から!」

「……連れが失礼した。"俺"の管理不行き届きだと反省がなされているようだ」


 なおものどかの手を放そうとしない昼永さんを無理矢理大友刑事が引きはがし、地べた正座お説教モードに移行していた。鮮やかな、手慣れた手つきだった。

 降り注ぐお小言に昼永さんはむくれっぱなしである。そしてやっと小言の切れ目を見つけ、「だってなあ、」と、ようやく反論をしてみせた。


「同じ妖狐の個体なんて今時絶滅危惧種やん?!もうこの出会いは運命やって!」

「え?」

「ん??」


 僕と大友刑事、そして濁都の声が重なった。――妖狐?……それは、ひょっとしてひょっとしなくても、本当に、この間抜け面で寝ていたのどかのことを指しているのだろうか。


「妖狐……こいつが?」

「たぶん血筋にでも入っとったんやろ。それが隔世遺伝で目覚めたか……。とにかく、ウチはこの子から同志の気配を感じるで」


 のどかを見ると、あちこち自分の体を見回して、どうもいまいちこの話題がしっくりこないようである。まあそうだろう。僕だって、ある日突然勇者の生まれ変わりだと言われたら同じ反応を返す。


「ええから、ものは試しや。ちいと集中してみ。耳としっぽを生やすイメージで……」


 言われた通りにのどかは、目を閉じて、しばらく静かに瞑想しているようだった。月が雲に差し掛かる。一瞬森の中が暗くなった。その瞬間――

 ぽむん!と音を立てて、ちょっとのどかが跳ねあがった。あやうく転びそうになったのを、慌てて僕は抱きとめる。月明りの中、その変化したのどかの姿が晒された。

 薄黄金色の狐の耳に、同じく、薄黄金色の狐の尾が生えている。すこし違うのは、尾は昼永さんは九本なのに対し、のどかは四本だということか。

 のどかは僕の胸の中で、ぱちくりとして言った。


「変わった!」


 うん、変わったねぇ。

 ……変わっちゃったねぇ。

 なんだかえらいことになりそうだ。


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