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09少女型の鬼


 怪力――。

 といって差し支えないだろう。純粋な、ただの、怪力だ。少女は力をもってして乱暴に地面を剥ぎ取り、それを岩にして、それを僕の前に投げつけた。それだけのことだ。ありえない状況に数秒フリーズしてから、僕は、今度は隣の幼馴染のようすをうかがった。のどかも同じく驚愕しているらしく、まさしく鳩が豆鉄砲を食らった、といったふうに、きょとんとして眼前の岩を見ている。

 ふ――――っ、と、長い溜息を吐いて、濁都は第二撃の岩を掲げたまま歩み寄ってくる。


「いいか?俺たち〈楽器を叩き壊す白兵隊〉の信念は"正義"だ。俺たちは常に正しくあろうとしている。そして、そんな俺たち兄弟を傷つけた奴らには、倍返し以上に報復を受けてもらう」


 鳶色の目がぎらりと光る。

 外見の幼い少女らしからぬ、深夜に飢える獣じみた狼のような双眸で。


「ハッキリ言おう。俺たちはカルト教団が嫌いだ。――俺の兄や妹たちにもカルト教団に染まって元家族が変わってしまった者もあるが――最も大きい理由は」


 濁都は一度奥歯を噛み締め、実に悔しそうにして、言った。


「今回の件で死者が出たのが決定的だ。」

「――死者?」


 物騒な単語に、思わず横槍を挟んでしまう。濁都は頷き、僕らが話を聞く体勢に入ったのを見て、持ち上げていた岩をようやく下ろした。


「今身元確認ができないのは3名だ。兄と、弟と、妹が。…………そして一度襲われかけた隊員が、1名。こいつの話を聞くに、"この黒い電波塔付近を散歩していたら突然斬りかかられた"、と――」


 なるほど。確かにそれでは、行方不明者の生命は絶望的と言えるかもしれない……。(生きていないとも言えないが。)

 ただ、この話にはすこし不思議なところがある。


「ねぇねぇ、どーしてそれと白地図が関係あるの?」


 それである。

 僕も気になって続きに耳を傾けていると、あっけらかんと濁都は答えた。


「なんのことはねぇ。逃げ延びた隊員が言うには、襲ってきた白フードの男は"白地図に災いあれ!"って叫んでたんだとよ」


 んー。

 うう――ん。

 僕がまだ納得いかない顔をしているのを悟ったか、のどかが、「何か気になる?」と、横から助け舟を出してくれた。


「いや……まだ疑問があって……。濁都さん、」

「濁都でいい」

「えっと、じゃあ濁都。白フードに襲われた人はここに居る?」

「おお。そいつだ」


 濁都が僕の真横を指さした。そちらには、見張り役の隊員が居る。どうやら彼のことだったらしい。


「……ねえ、どうして、その日、電波塔に散歩になんて行こうと思ったの?」


 そうだ。

 開発が進んでいるとはいえまだ木々が残っている辺鄙な場所だ。若者が遊ぶような場所ではない。まして彼らは暴走族であり、ここへ入るには、いちいちバイクを止めて下りなくてはならない。

 答えとしては、わからない、とのことだった。

 なんとなく、そうすべきと思った。

 そんな曖昧な返答だ。

 …………。

 僕は見上げる位置にある、黒い電波塔を見上げた。子供の頃よりスケール感がないにしても、やはり色からして圧倒される。

 のどかが唐突に言葉を挟んだ。


「分かるよ!電波塔って、電波出てるよね!なんだか、こっちにおいでよー、って言ってるよね!」

「のどか、人が真面目に考え事してるときにふざけるなよ……」

「ふざけてないって!ほんとだよ?!」


 呆れる僕に非難するのどか。

 そして、濁都はそんな僕らを見て、何か考えごとをしているようだった。しばらく沈黙し、考えに考え込み、それから、「分かった、話そう」と頭をかいた。

「その疑問で確信に変わった――どうも、素質の問題で、適正が強ければ強いほど、この電波塔に惹かれるようだ」

「適正?」


 のどかがオウム返しにする。僕は電波塔を再度見やる。素質って何?適正で惹かれる?でも、もしそうだとするなら――本当に、都市伝説ばりの不気味な電波塔じゃないか。

 濁都は佇まいを直し、こほん、と咳をした。

 それから再び、自らの体躯以上の岩を持ち上げ、


「これだ」


――と言う。


「あっ、すごいよね!超力持ち!」

「これが人間業だと、嬢ちゃんは本当に思ってるのか?」


 あったぶん本当に思ってます。

 と突っ込みたいのは山々にして。

 僕は真剣にのどかをスルーして、会話を続けた。


「人間業……じゃないよね?」

「そうだ。――これは神々から賜った恩恵。超常的な力の総称。--"叡智マインド"だ」


 ――叡智マインド

 なんだそれ。ありえない。

 でも、目の前で起こり得てしまっているのだから、しかたない。

 濁都は「どっこいしょ」とまた岩を下ろして、パンパンと両手の土ぼこりを払いながら、告げた。


「先に言った、適正ってのはこれのことだ。……叡智マインドは魔術適正の高い人間に発露しやすい――正直、今俺が襲われた現場にこだわって捜索しているのも……なんだかコイツに呼ばれている気がしたせいだ」


 黒い電波塔を、その低身長で首を痛めそうにせいいっぱい見上げ、濁都はほうと溜息を吐いた。

 僕はカルト嫌いの濁都から平然と「魔術」というワードが出たことに驚いてしまった。


「え、ま、魔術って――」

「残念ながら魔術や悪魔は存在する。保障してやろう」


 やや悲しげに言ってから。


「それじゃ、街灯。のどか。ここまで話したんだ。お前らも今更この件から足抜けは許さんぞ」


 輝かしい無垢にも見える邪悪な笑顔で言われてしまった。


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