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08ついてない日


濁都だくと兄さん!怪しいやつを見つけました!」

「ひぇー」

「うわぁー」


 悲しいかな、僕らは下っ端Aの見回りルートに入っていたらしい。見つかってしまった僕とのどかは、いかにもここのボスらしい、ひとりの少女の前に突き出されてしまった。

 少女。

 長髪の黒髪と鳶色の目。

 他の組員と揃いの、迷彩の特攻服。

 だが、どちらかというと、服に着られてしまっている感覚が否めない。そんな幼さの残る顔立ちの、中学一年生くらいの少女。


「ほう……森の中をうろついていたって?」


 少女が無邪気に微笑み、近寄って問う。が――、どうも、その桜色の唇から零れる言葉が外見と正反対にそぐわない。

 ちぐはぐだ。

 狂っている。

 声変わりした、深く低い、男性の声なのである。

 ポカンとしている僕とのどかに、ご丁寧にもそれを察したか、少女は自己紹介を述べてくれた。


「これは失礼したな。俺は灰皿はいざら濁都だくと……。ここで不肖ながら長兄をやっている。この外見は色々と事情がある。許せ」


 僕は慌てて頭を下げた。


「あっ、六樫木街灯です」


 のどかもそれを真似て倣う。


「あ、花向のどかです」


 街灯にのどかか、そうかそうか――と、濁都は柔和に笑い、それから、突然凍てつかんばかりの笑みに変えて、


「――それで、あそこで何をしていた?」


 と、僕たちに訊ねた。

 沈黙が流れる。

 ……マズイ。

 どうこの状況を打破すべきか……。僕の頭はそれでいっぱいいっぱいだった。

 現在両手首と両足をロープで拘束され、膝をつかせられている。見張りはすぐ傍に二人。だめだ、走って振り切れる自信は無い。よりによって、よりによってな人たちに目を付けられてしまった。どうにかしなければ、どうにか考えて、考えて、この状況を――


「――遊びにきたの!」

「……は?」


 突然ののどかの言葉に、濁都の顔から微笑が消える。驚きというか、素っ頓狂、という表情になる。

 のどかはなおも繰り返す。


「だから、黒い電波塔に遊びにきたの!我ら黒い電波塔クラブ!!」



  ■■



「あーっはっはっはっはっはっはっ!!ひーっ!!ひひひっ!電波塔クラブって……あはははははっ!」

「もー!そんなに笑わないでよ濁都くん!ひどいよー!」


 あれから。

 しばらく……少なくとも数分は笑い転げた濁都をむくれた顔で見るのどかに、なるほどなるほど、と何事か納得したようすで濁都は数回頷いた。


「よし、お前ら――とりあえず拘束は解いてやっていい。こいつらは電波塔について何も知らないみたいだからな」


 …………?

 その言い方に、僕は突っかかる。

 まるで、それじゃあ、この黒い電波塔に秘密でも隠されているみたいじゃあないか。

 そう思うと、確かに納得がいく。徘徊する〈楽器を叩き壊す白兵隊〉のメンバーは、何かを監視しているようでもあった。

 間違いなく、黒い電波塔は何か重要な役割を果たしている。

 だが、ここでそれに首を突っ込むのはナンセンスだ――あまりにも無謀すぎる。

 今日は暑いし、さっさと帰ってクーラーのきいた部屋でアイスでも食べよう。それが利口だ。


「いいか、ここは今日から俺らのシマだ。嬢ちゃんたちは帰んな」

「えええええっ!?……の、のっとりかぁ……秘密基地の手入れをしておかなかった私たちが悪いね。帰ろう。街灯くん……」


 素直に下がるのどかであったが、あ!とぴょこんと二本のおさげを揺らして、軽くジャンプし提案する。


「そうだ!白地図!ノートなかった?ノートだけ返して!」

「……あ?お前……」

「あれは大事なものなんだよ!私たち黒い電波塔クラブで作ったの!だから記念に持って帰りたいなって……ダメ?」


 確かに、白地図は十年前、なんだかんだで置き忘れてしまったのだったか。僕なりに凝った設定を編み出した力作だったから、失われるのは惜しい。

 僕も青春の思い出として是非持って帰りたい所存だったが、突如雰囲気を変えた濁都に、僕からの出かかった説得の声は引っ込んでしまう。


「白地図はお前たちが作ったのか?」

「そうだよ!」


 のどかが元気に答えてしまう。うわっ。そこは嘘をつくべきところかも。素直にならなくていいところかも!


「お、お邪魔しました。じゃあ僕らはこれで……ッ!」


 僕は慌ててのどかを引っ張り席を立とうとする。

 どごんっ。

 目の前に壁ができた。

 背後を振り返ると、少女がにっこりとして、自分の体躯の五、六倍はあろうかという地面を抉り抜いて岩にして持ち上げ、佇んでいた。

 僕は瞬間的に、目の前のそれが、投げられた岩だと直感した。


「悪ぃ、帰らせるわけにいかなくなった」


 今日はとてもついてない日だと思った。


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