2012年、8月。
僕はクーラーのよくきいた部屋の中で、テレビの音を聞いていた。
10年で、ずいぶんと時代は変わってしまった。
日本が軍事国家になったりとか、アメリカに突然戦争を吹っ掛けたりとか、やっぱり負けちゃったりとか。それでも結局世界連合ということで全部くっついて、日本という国は大きな実権をもつことになったし、そして戦争はなくなったかというとそうでもなく、つい先ほど、テレビが第六次世界大戦の開戦を告げたところだった。
そうだ。戦争ばっかりになったのだ、現代は。
あらゆる面で発達して豊かになったが、人の心が荒んで、様々なものが殺しあっている。
それでも一般人にはなんだか日常がやっぱり流れていて、日常的で、すこしおかしい。学校に行かなければならないし、親も会社に行くし、テレビだって普通にバラエティ番組もやっている。
奇妙な平和の上に立っているのが、この2012年という時代なのだった。
「街灯くーん!あーそびーましょ!」
耳がキーンとする勢いの声量で、窓の外から聞き覚えのある大声が響いてきた。
窓を開けて顔を出す。ぬるくて湿った、日本独特のいやな夏の空気が僕を苛む。アスファルトの上で元気に手を振るのは、歩く過剰ギフトラッピングこと
「はいはい……待って、今着替えるから」
僕がだるく答えると、はーい!と元気よくのどかはその場で跳ねた。本当に、相変わらずである。
僕らは家が近いこともあり、高校も同じで、腐れ縁の関係が続いていた。
世界情勢は大いに変わったが、僕らの関係や周囲は特に変わることはない。どころか、まったく変わらない。いつも通り、普段通りで、こんなところまできてしまった。
僕は適当に服を選んで着ると、親に出かけることを告げて、玄関から真夏の日差しの下に踏み出す。すぐに、帽子をしていても頭をじりじりと夏の日差しが突き刺して焼いた。なんという顕著な地球温暖化だ。昔はもっとマシだったはずに思うが。
「街灯くん遅い!とけちゃうよ!」
一滴も汗をかいていないのどかにむくれられるが、嘘つけとしか思えない。僕は既に汗が滲んでいる。
「……で、今日はどんな用件?」
僕がやれやれといったふうに訊ねると、のどかは胸を張ってビシッと指をさした。
「小学生の時に作った秘密基地!あそこ、久しぶりに行ってみない?!」
「まったくこのハリキリガールは……いっつも面白いこと考えちゃうんだから」
僕はなめらかにグッジョブのポーズをとると、そのまま記憶を頼りに小学校の方向へと歩き始めた。なんだかんだ、ノリノリになってしまう僕なのである。(だってまだ子供だし……。)
なにしろ、ネットサーフィンもSNSも飽き飽きし始めてきたところだ。たまには、というか、彼女のこういった突然と思い付きに乗りつけるのは、僕にとって格好の暇潰しのひとつだったりする。えてして、彼女の突飛な思い付きはそこそこ愉快な結果に終わるのだ。
小学校を抜けたところで、僕は訊ねた。
「道、覚えてる?」
「任せて!電波バッチリだから!」
よく分からないが任せていいらしい。すいすい進むのどかの背中を見ていると、変わらず、身体能力は引きこもりがちな僕よりも上のように思われる。僕は既に真夏の日差しに大負けして汗だくで、ハンカチでぐいぐいと滴る額を拭っていた。
ややあって、信号が見え、その後、人気の無い道に入り、さすがの僕でも思い出せる道に差し掛かった。
――森だ。
10年前と、何も変わらない。
いや――都市開発か何かの都合だろうか?森の隅の方がショベルカーで削られ始めている。そのせいで、余計に、あの日の懐かしい「黒の電波塔」がよくよく見えているのだった。
僕らは森へと足を踏み入れる。
あの頃とは違うのは、歩幅の関係で、幼い頃はあんなに長く感じた電波塔まで、まったくものの数分たらずに、辿り着けてしまったという点だった。
わあ、なつかしいねー!
と、叫びそうになったのどかの口を、思わず強めに塞ぐ。そして、僕らはそのまま、のどかを引きずるようにして近くの茂みに身を隠した。
――どうしたの?
と、上目遣いでのどかが訊いてくる。さすが、付き合いが長いだけあって、このあたりの察しはいい。
「誰か居る」
小さい声で告げると、のどかも目線でやって、そろそろと周囲を見回した。やがて、あの黒い電波塔にとその近辺に、学生服の人間が居るのを気が付いたらしい。あ、と口の中で納得する音がした。
あの学生服は見覚えがある。
学生服というか、特攻服、というか……。僕らの所属する菜園学園にもメンバーが居たはずなので、とても見覚えがあった。彼らは校則違反であろうと、メンバーならば揃えの「迷彩柄の古めかしい学ラン」を着用しているのだ。暴走族である。喧嘩や補導、よくない噂も聞く。
「なんだっけ……えーと……」
「確か、〈楽器を叩き壊す白兵隊〉とかいうやつらだ」
僕は小さな声で答える。
暴走族というよりは、ネームレス・カルト。
自分をカルトといっさい認めない、無自覚で無神経なカルト集団だ。彼らは自らの血縁を関係なく「妹」「兄」と呼び合い、互いを家族とする共同体で、それぞれが孤児または家庭環境に問題がある類の者の集まりである。
「……なんでこんなところにいるんだろ?」
「……さあ。でも参ったな。今日は遊びに行けないかもな――」
といったところで。
僕たちは後ろから襟首を掴まれ、見事拘束されてしまったのである。