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05クラブ結成!


 一進一退。

 まさしくそれがふさわしい戦いだった。

 野犬側も僕も決定打になる攻撃が入らない、というのも、僕が逃げに入りすぎて、いまいち距離を詰められないせいだ。

 ひとつだけ方法があるにはあった。

 僕が腕を差し出して噛みつかせている間に、バットで殴りつけて犬の首の骨を折るという作戦だ。

 問題点はひとつあって、これは、仮に成功したとしても、子供の腕力では犬の骨が折れるかということだ。二人がかりでも厳しいかもしれない。となると……、


「のどか。さっきの警察の人、探してきて」

「わかった!」

 言わんとすることはすぐ理解できたのだろう、手首を電波塔の上に届かないように置いておいて、のどかはすぐに反対方向へ駆け出した。

 のどかはこの電波塔の場所が分かる。適任だ。僕が足止めを請け負うのが最適だ。

 バットを握り直した。野犬は一瞬のどかのほうを見たが、すぐに僕と、その後ろの手首に視線を戻して唸った。

 僕が残った理由はもうひとつあった。

 落下の衝撃で、足が痛んでいた。

 走れないのだ。

 野犬が鳴き、突進してくる。

 大口を開けて噛みつこうとするのが見える。


 「ああああああああッ!!」


 僕は鼓舞するように大声をあげ、バットを横向きに噛ませることでどうにかガードをした。

 だが、勢いのまま、僕は野犬に押し倒されるかたちで倒れこむ。野犬のよだれが降り注ぐ。大丈夫だ。計算通りだ。僕はバットを支える左手を放し、夢中でバットに食いつく野犬の頭をわし掴んだ。

 思いついた方法はこれしかなかった。

 バットを支える右手に負荷が掛かる。あまり時間が無い。僕は歯を食い縛り、力いっぱい、左手の親指を使って、野犬の右目に指を押し込んだ。

 野犬は呻いてわずかに怯んだ。右目から赤色の涙が溢れ出してきている。僕はより指を押し込む。ぐちぐちずぶずぶと押し込むごとに野犬の暴れ具合と右手に掛かる負荷が大きくなり、僕は何度もバランスを崩しそうになる。だめだ。脳まで達せなければ終わりだ。一度きりだ。これで終わりにできなければチャンスはこない。一度でも噛みつかれればおそらく僕は力が出なくなる――

 その時だった。

 野犬は、バットから牙を放した。


「なっ……」


 考えてみれば当然のことで、思ったよりもこの野犬は戦い慣れしていて、僕より老練していただけのことだった。引際が分かっていたのだ。不利とみるやこの状況からすぐさま引いて、そして、次の状況で打破する。当たり前だ。野犬は。野犬は既に、尻もちをついたままの僕に対して、飛びかかる体勢に入っていた――


 ぱあん。

 ぱあんぱあん。


 乾いた音とともに、突如として、野犬が倒れ伏す。

 ややあって、そこにはのどかと、あの焦点のあっていないくたびれたスーツの男が現れた。

 手には、銃を持っている。


「おう。大丈夫か。"俺"はそこそこ心配しているようだ」


 自分自身に確認するように訊ねる奇妙な男は、よくよく見てみると焦点が合っていないわけではなく、左右の瞳の大きさが極端に違うというだけのようだった。焦点自体は合っているらしい。


「申し遅れた。"俺"は刑事の大友おおとも篤弘あつひろだ。"俺"もよろしくと言っている」

「街灯くん!大丈夫だった!?」


 不安げな顔で飛びついてくるのどかに、僕はほっとする。のどかは無事なようだ。あのおかしな刑事も、どうやら示している警察手帳は本物のようで、疑いはなさそうである。僕はのどかをなだめてから、服の砂埃を払って、立ち上がった。


「大友刑事……でしたっけ。すみません、さっきは……。手首は、あっちです」

「そうか。回収できさえすればそれでいい。あまり危ないところをうろつくんじゃないぞと"俺"は忠告している」

「やっぱり、電車事故の手首なのー?」


 電波塔から手首を回収する大友刑事に、のどかがのんびり訊ねると、彼はやや逡巡したのち、そうだ、とだけ短く答えた。


「嘘ではないと"俺"は確かに主張している。今日、ニュースでもやるはずだ」


 やっぱりか、と僕は嘆息した。

 大友刑事は手首の回収を終えて佇まいを直すと、さっさと電波塔に背を向けて軽く手を振った。


「……捜査の協力感謝する。感謝状に関しては署で検討しておく」



  ■■



「なーんか、夢みたいだったねえ」


 秘密基地こと黒い電波塔でくつろぎながら、僕らはつい先ほどのことを回顧していた。

 死なせてしまった野犬については、もちろん穴を掘って簡易的にだが弔わせてもらっている。もう野犬の出現情報はないので遭遇もないだろうが、念のため、以後もここにバットは置いておくことにした。


「でも、かっこよかったよね!」

「……確かに」


 僕らは銃で犬をやっつけた、大友刑事の鮮やかさを思い出していた。あれが大人のかっこよさ、というやつだろうか。


「私たちは警察にはなれないから~……よし!」


 ぴょん!とコンクリートの床に座り込んでいたのどかが立ち上がって空を指さす。


「なんか、秘密組織を結成しよう!」

「……うん。まあ、いいけど」


 彼女の唐突な思い付きはいつものことだ。付き合ってやることにする。


「その名も、『黒い電波塔クラブ』!」

「そのまんまだね」

「シンプルが1番!」


 そして、逃走中に拾った例のキャンパスノートを取り出し、これが活動内容ね!と胸を張った。


「えーと……この白地図を埋めるのが?」


 それじゃあ、なんだか悪の組織みたいだけど。


「違うよ!これは予知した内容って設定で、私たちはこれを阻止するために、せいいっぱい戦う正義の組織なのだー!わははー!」

「なるほど。」


 じゃあ、僕も気合を入れて絶望の歴史を書ききってこなきゃいけないのかあ。


「じゃ、明日までに書いてくるね」

「おっけー!」



 それから。

 けっこう、ネットでいろいろと調べて、子供なりにちゃんとした年表を作った気がする。案外しっかりとした設定の年表で、凝ったごっこ遊びが長々と続いた気がする――あれから2年ほど、僕らはこの黒い電波塔で遊んだ。4年生からは外遊びをしなくなってしまったけれど、僕らの関係は続いた。

 時間は10年後まで進む――。


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