「よし、なるべく早く戻れるようにするから……その間、絶対無事でいてくれよ」
明瑠は目の前に倒れる光輝を見ながら、自らの決意を込めて杏に約束した。光輝が自分たちを守ってくれた姿が頭に浮かび、彼も必死に戦っていた。その想いに応えるためにも、できるだけ早く助けを呼びに行くと心に誓った。
「うん……待ってる。絶対に無事で戻ってきてね」
杏は不安な気持ちを押し殺しながら頷いた。その声にはかすかな震えが混じっていたが、彼女の心には明瑠に対する信頼があった。
「じゃ、行って―――!!」
明瑠が決意を固め、一歩外壁を出ようとしたその瞬間、不意に風が強く吹きつけ、彼の動きを止めた。驚いて空を見上げると、そこには何かがゆっくりと降りてきていた。
「ンフフフ……ちょーーっと待ってもらえますか?」
まるで舞い降りるかのように、空から降り立ったのは一見すると人間のような男だった。しかし、その姿には異様なものが混じっていた。禍々しい翼、尖った耳、そして冷徹な目つき。細長い顔立ちに微笑みを浮かべながらも、その微笑みにはどこか軽蔑が滲んでいるようだった。
「な、なんだ……!?人間、じゃないよな……」
明瑠は息を呑み、背筋が冷たくなるのを感じた。
「そんな……」
杏も、目の前の存在に言葉を失っていた。その恐ろしい姿に加え、微笑みを浮かべている男の表情が、さらに恐怖を増幅させた。
「私はメスト・エイレス・ネシュエと申します。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
男――メストは、まるで何事もないかのように柔らかな声で名乗り出た。だが、その言葉とは裏腹に、どこか冷徹で軽蔑的な目つきが二人を捉えていた。
「まずはお二人のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「……岐部……明瑠だ」
「岐部杏です……」
二人は震える声で名乗り、メストの視線から逃れるように身を引いた。
「えぇえぇ、よくできました」
メストはまるで幼い子供を褒めるように軽く手を叩き、パチパチと拍手する。それが余計に二人の恐怖心を煽った。
「では、明瑠さん、杏さん。そこに倒れている方……彼は、陽生光輝さんで間違いありませんよね?」
「!!?」
彼が光輝の名前を知っていることに、二人は驚愕した。なぜこの異様な存在が、光輝を知っているのか。ますます不信感と恐怖が増していく。
「だから……なんだよ……」
明瑠は喉の奥から絞り出すように問い返した。心の中では今すぐにでも逃げ出したい気持ちがあったが、足がすくんで動けなかった。
「なぜそんな怪我をしているのか……気になりますねぇ?」
メストは興味深げに話を続ける。彼の言葉に、杏は光輝が倒れた経緯を口にした。
「こ、光輝さんは……あの怪物から私たちを守ってくれて……それで……」
「俺を庇ってくれたんだ……」
明瑠も続けて、怪物との戦闘について説明した。彼は自らを守るために光輝が犠牲になったことを思い出し、怒りと悲しみが込み上げてきた。
「ほぉ……彼がアイツにやられたと……それで、あなたたちを守って庇ったと?」
メストは一瞬思案するように手を顎に当てると、無造作に倒れている怪物に歩み寄り、片手で軽く持ち上げた。
「なんだ、やはりまだ生きてるじゃないですか。リベレイターにしてやったのに、この程度か?」
「はぁ……大体私は見つけたら報告しろと言ったんですけどね」
リベレイターと呼ばれた怪物は、力なくうめき声をあげながらメストに掴まれた。
「あのアビリティとかいうのを使えると言うから期待してましたが、使えないですねぇ」
その様子を見た杏の心は絶望に包まれた。彼女は、もうこの場から逃れる術がないと感じ、声を震わせた。
「もう……ダメだ……」
だが、明瑠は必死に状況を打開しようと頭を巡らせていた。何か隙を突いて逃げ出すことはできないか。しかし、光輝と杏を置いて一人で逃げるわけにもいかない。
「(くそ……なんとかしないと……!)」
明瑠は焦りと無力感に苛まれながらも、心のどこかでまだ何かできるはずだと信じていた。どうすればいいか分からない——だが、明瑠の目には決して諦めの色はなかった。