光輝は夢を見ていた――自らの運命が大きく変わる、あの瞬間の夢を。
光輝は幼い頃から、全てにおいて恵まれた人生を送っていた。日本有数の大企業の御曹司として生まれ、容姿端麗で、文武両道。
何をやってもすぐに人並み以上の成果を出せるようになり、周囲からは常に一目置かれていた。両親は彼をただ甘やかすのではなく、広い視野と偏らない価値観を持つように教育し、光輝もそれに応じて、謙虚かつ他人への思いやりを持った人物へと成長していった。
しかし、その恵まれた環境は、必ずしも良いことばかりではなかった。光輝の周りには、彼の名声や地位を目当てに近づいてくる人々が少なからず存在した。次第に彼は、人の悪意を敏感に察知するようになった。しかし彼はそれでもなお、人の善性を信じ続けた。
困っている人がいれば手を差し伸べ、悪意を持つ者には真摯に向き合い、その心を改めさせようと努力した。彼にとって、他人の可能性を信じることは、自分が損をしてでも譲れない信念であった。
大学卒業後、光輝は父親の会社に幹部候補として入社し将来的には代表取締役になる道が開かれていた。しかし、彼はその道をすぐに選ばなかった。代表取締役という責任ある立場を担うためには、自分の能力をさらに高め、実際に経験を積む必要があると考えたのだ。
そこで彼は、父の会社ではなく、自らが学ぶにふさわしいと感じた別の企業に挑戦し、自力で内定を勝ち取った。
新卒として入社してから約2ヶ月が経過した頃。ある日、光輝は業務が少し残ってしまい、残業して片付けようとしていた。しかし、上司がそれに気づき、「私がやっておくから、今日は帰りなさい」と促してきた。
「でも、もう少しで終わるので……」と、光輝は一瞬抵抗したものの、上司の言葉に従うことにした。上司はすでに、光輝が非常に優秀で、周りの仕事を助けることが多いことを知っていた。そして、その結果として光輝の自分の仕事が後回しになりがちであることにも気づいていたのだ。
「ふぅ……なかなか難しいな」
光輝は歩きながら自分の反省点を整理していた。今日も、雑務を手伝いすぎた結果、自分の仕事が滞ってしまった。次からはもっと上手に調整できるようにしなければ――そんなことを考えながら、駅へと向かっていた。
会社から駅までの道は、オフィス街を通る約10分ほどの道のりだった。その駅周辺は、繁華街として多くの若者が集まる場所だ。駅に差し掛かった時、光輝は前方に目をやった。
すると、5メートルほど先で男女が揉めているのが目に入った。人々の喧騒や車の騒音にかき消され、何を言っているかまでは聞き取れなかったが、二人の様子からただ事ではないことを察した。
揉めているのは、無造作に広がったボサボサの金髪の男と、小柄な黒髪の女性だった。男は鋭い目つきをしており、175cmの光輝よりも背が高く、がっしりとした体格で、鍛えられた筋肉がその服の下からでもわかる。
対照的に、女性は小柄で、身長は150cm半ばといったところだろうか。胸元まで伸びた黒髪が揺れ、可愛らしい顔立ちをしている。彼女は制服を着ているように見え、高校生なのかもしれない。
女性は特に怯えている様子ではなかったが、どこか迷惑そうにしている。男は粗野な雰囲気を漂わせており、その立ち振る舞いからは乱暴な印象が強かった。
光輝は、状況を見定めるべきだと思いながらも、心の中で決断していた。もし勘違いであれば、誠意をもって謝罪すればいい。しかし、もし女性が困っているのなら、見過ごすわけにはいかない。
光輝はそう思いながら、迷いなく二人の間に歩み出そうとした。しかし、次の瞬間、突然視界がぼやけ、一瞬頭がくらりとした。まるで周囲の景色が歪んで見えるような、奇妙な立ちくらみの感覚が全身を駆け抜けた。
「……何だ?」
不意に訪れたその違和感に足を止めたが、わずか数秒で感覚は元に戻った。周囲の騒がしい喧騒が再び耳に戻り、目の前の風景も通常の姿に戻る。
「……気のせいか」
光輝は首を軽く振り、その場を払いのけるようにして意識を取り戻した。特に大したことではないと判断し、再び足を動かす。彼は躊躇することなく、男女の間に割って入った。