明瑠と杏が勝利の喜びを分かち合おうと、光輝に駆け寄ってきた。彼らの顔には安堵と感謝の色が浮かんでいた。明瑠は、恐怖から解放されたことで一気に涙が溢れ出し、光輝に向かって感謝の言葉を絞り出した。

「俺、あんたがいなきゃとっくに死んでたよ…本当にありがとう」

杏も目に涙を浮かべながら、お礼を伝える。

「あ、あの…ありがとうございます！このご恩は決して忘れません！」

しかし、光輝はその重々しい感謝を遮るように手を軽く上げて、柔らかく微笑んだ。

「いや、そんなの気にしなくていいよ。護れる力があったから護っただけさ」

その瞬間、光輝は自分がまだ自己紹介をしていないことに気付き、ふと軽い声で続けた。

「そういえば名前をまだ言ってなかったな。俺は陽生 光輝」

明瑠はその名を聞き、嬉しそうに笑顔を見せた。

「光輝さんか！俺は岐部 明瑠！んでこっちが双子の姉の…」

「岐部 杏です！」

杏は少し緊張しながらも、しっかりと名乗った。

光輝は二人の名前を噛みしめるように繰り返し、その無事を心から喜んで、二人を抱きしめた。

「そうか、杏、明瑠…本当に無事で良かった。」

しかしその瞬間、光輝たちの頭上に不穏な影が覆いかぶさるように差し掛かった。まだ息絶えていなかった怪物が、最後の力を振り絞って明瑠に襲いかかろうとしていたのだ。

光輝は咄嗟に反応し、明瑠を庇うように自らが前に出る。しかし、怪物の鋭い牙が彼の肩から胸にかけて深く食い込んだ。

「ぐぁっ…！ぐっ！」

その痛みに耐えながらも、光輝は必死に怪物の攻撃を受け止めた。しかし、怪物は狂ったように顔を左右に振りながら光輝を引き裂こうとし、ついに光輝を地面に叩きつけるようにして投げ飛ばした。

「キャーー！！」

杏の悲鳴が響き渡り、明瑠も光輝の身を案じて叫び声を上げた。

「光輝さん！！」

怪物は瀕死の重傷を負い、激しく息を切らしながらも、まだその恐ろしい目で光輝たちを睨み続けていた。

光輝は肩から胸にかけて大量の血が流れるのを感じ、意識が遠のきそうになるのを必死に堪えた。彼の頭の中では、回復魔法を使うべきか、今の状況を冷静に判断しようとする思考が駆け巡っていた。

「（恐らく……回復魔法は魔力消費が大きい……）」

回復魔法には光と水の2つを同時に操る必要がある、故に光輝は魔力消費が激しい魔法だと判断した。

「（くそっ……血が止まらない……どうする……）」

「おま……え……が……ハル……ナ……コウ……キ……だったか……」

怪物の口から発せられた言葉に、光輝は眉をひそめた。まるで自分のことを知っているかのような口ぶりだった。

「はぁ……はぁ……なんだ、俺を知っているのか？」

光輝は怪物の言葉に不信感を抱きつつも、まだ戦闘体勢を崩さずに構えた。

怪物はその時、自分がこの異形の姿に変えられた瞬間を思い出していた。

「ンフフフ、どうですか、お望み通り強力な体を提供させて頂きましたよ」

怪物はその記憶をもとに、光輝に向かって低い声で言葉を続けた。

「お……お前をぉぉ……探せとぉ……言われているぅぅぅ…」

「俺を…！？それは誰だ！？」

光輝の疑念は深まり、彼はさらに問い詰めた。記憶の中にその名前は無かったが、何か重大な鍵が隠されていることを感じ取った。

「ふぅ…ふぅ…メストぉ…」

「メスト…？ 」

その名前を聞いた瞬間、光輝の頭の中に疑念が浮かんだ。彼は必死にその名前を思い出そうとしたが、記憶の欠落により何も浮かばない。

「そいつは…どこにいるんだ！」

光輝はさらに問い詰めようとしたが、怪物は彼の言葉を無視するかのように、力尽きかけた体を引きずりながら空へと飛び上がった。

「なっ、何をする気だ！」

「俺程度でもぉぉ…相打ちにはできるぜぇぇ…」

怪物は大きく息を吸い込み、口から巨大な火球を放とうとした。

「（まずい！あの火球か！！）」

「まだこんな力が残ってたか！！」

光輝は焦りながらも、残りの魔力を全て注ぎ込み、最後の一撃を放つための準備を始めた。

「ぐははははぁぁ！！最大火力だぁぁ死ねぇぇぇ！！」

これまでの火球とは比べものにならないほどの巨大な火球が空を覆い尽くし、肌がジリジリと焼けるような熱が彼らに迫った。今後の戦い、魔力の節約、もはやそんなことを考えている猶予はなかった

光輝は残った全ての魔力を注ぎ込み、最後の一撃に全てを賭ける決意を固めた。

「母なる泉よ、全てを滅する波となれ！！」

その瞬間、光輝の頭の中に新たな力が目覚めるのを感じた。

「――！！（アークマニュピレーター！？）」

「いける！！」

光輝は最小限の魔力で水を生成し、それを操り自らの手で触れると、周囲の水道管や地下水脈から無限に供給される水を掌に集めて一気に巨大なビーム状の水流を作り出し、火球に向かって放った。

火球と水流が衝突した瞬間、強烈な蒸発が発生し、周囲には白い霧が立ち込めた。熱気が吹き飛ばされると同時に、水流は周囲の水源から供給され続け巨大な火球をも飲み込んだ。

「うおぉぉぉぉぉ！！！」

そして火球は消滅し、水流は一直線に怪物へと突き進んだ、光輝はさらに力を込め水流はさらに巨大になり怪物に直撃した。

「ぐあぁ！！」

その一撃で怪物は地面に叩きつけられ、ついにその動きを止めた。

「……あい…うち…もぉ…む……」

光輝はその場にへたり込み、息を切らしながらも、敵を倒したという達成感と、自分の中に芽生えた新たな力の余韻に浸った。

「はぁはぁはぁ……これは……キツイ……」

彼の声はかすれ、身体中に走る疲労感がその言葉を重くした。

「魔法に……頼りきりだったのが……よく分かるな……」

彼の全身は震え、立ち上がる気力も失われかけていた。

「光輝さん！大丈夫ですか！？血が！！」

杏は光輝の服が血で染まり、滴り落ちているのを見て、すぐに止血しようと努めた。

「あ、明瑠！防災グッズに応急処置のやつあったから持ってきて！！」

「はっ…わ、わかった！！」

杏の声に、明瑠はすぐさま反応し、慌ててその場を走り去った。光輝は杏の懸命な努力を感じながら、視界が暗くなっていくのを感じた。

「あ、あぁ……はは……忘れて……た」

光輝は力なく微笑んだが、その言葉はほとんど聞こえなかった。意識は徐々に遠のき、光輝はそのまま目を閉じて、暗闇の中へと意識を手放した。