結局、確実に人に見つからないことを前提にすると、フォールドゲートの使い道は限られてしまう。
今のところ、出先から家に戻る際の「絶対に人に見つからない」パターンでしか活用できていない。
それでも便利なのは確かだが、何か物足りない気がしてならない。
「んー、もったいない……もったいなさすぎる……」
最大の移動距離はまだ不明だが、少なくとも10kmは移動できる。それだけの力があるのに、もっと何かに活用したいという思いが募る。
せめて、毎日の出退勤に使えれば、かなりの時間を節約できるはずだ。
晴斗はヒーローになりたいわけでも、金持ちになりたいわけでもない。ただ、自分の時間を自分の好きなように使い、自由に生きていきたいだけだ。
そんな理由で、給料は少ないが楽な仕事を選び、まとまった時間が取れる今の職場に落ち着いている。
「……ここの給料分くらいどうにかして稼げないか?」
晴斗は思わず独り言を呟いた。これは自分の力であり、財産だ。人に迷惑をかけなければ、何をどう使おうと自分の自由だ。もっと楽に生きるために、この能力を使わない手はない。
そして大前提としてこれは他人にバレてはいけない、見られればすぐに拡散されるだろう、まだ詳しく調べてないが法律もどうなってるか分からない、バレて能力使用を法的に縛られるのもゴメンだ。
「まぁ思いついてないだけで色々あるだろ。」
今までにないくらい未来に希望が溢れていた、次の瞬間、急激な疲労感が全身を襲った。時計を見やると、すでに深夜を過ぎ、仮眠時間に入っていた。
「けど……もう眠いから寝よ……」
晴斗は抵抗することなく、そのまま仮眠を取ることに決めた。仮眠時間は早朝5時まで、しかし彼が目を閉じたのは3時30分。
仮眠時間の終わりに合わせるために、4時30分に目覚ましをセットした。わずか1時間の睡眠になる。
「さすがに眠い……」
それでも、今日はいつもとは違う特別な朝だった。まだフォールドゲートの活用法は見いだせていないが、少なくとも通勤時間を削るという驚くべき利便性を手に入れたことに浮足立っていた。これだけでも、大きな変化だ。
少しづつ学生や職員などが入り始め、受付の仕事をこなし気づけば時計の針が7時30分を指し示す。すでに2時間半が経過し、勤務時間も残り1時間。
朝のこの時間帯は、トラブルが起きることはほとんどない。晴斗は完全に油断していた。突然、窓口に金髪の美女が飛び込んできた。
「警備員さん!!盗撮!!!今アッチにいる!!!」
「え……あッ、盗撮!?」
あまりの唐突さに一瞬戸惑ったが、長年この仕事をしてきた経験から、すぐに頭を切り替えた。まずは情報共有が最優先。晴斗は無線で報告を始めたが、金髪の美女は一人で盗撮犯を追いかけ始めた。
「あッ!!!ちょっと待って!!!」
心の中で悪態をつきながらも、晴斗は彼女を追いかけて階段を駆け上がった。階段を上りきり反対側の階段まで走ると、そこで清潔な外見のおよそ盗撮をしそうには見えない男性が、急ぎ足で歩いているのを見つけた。
「アンタ!!さっき4号館のエスカレーターで舞のスカートの中盗撮したでしょ!!!」
「は、はぁ!?な、何言ってんだよ、言いがかりやめろよ!」
言い合いが激しくなり、晴斗は心の中で頭を抱えた。
「じゃスマホ見せなさいよ!ほらッ早く!!」
「何の権限があってそんな事言ってんだよ!!」
「(最悪すぎる、なんでこんな事に巻き込まれてるんだ。大学はこういうことにうるさいし、結局最後は全部警備員のせいにされるんだぞ)」
「じゃ警備員さん!アイツのスマホ見てよ!証拠あるから!!」
「(おいおい、ふざけんなよ!コッチにふるなよ!)」
金髪美女にだけ聞こえるように、晴斗は小声で説明した。
「ええとですね、警備員にはそういう権限がありません。とりあえず、今他の警備員も向かっているので、落ち着いてください」
その瞬間、金髪美女は一気に敵意を晴斗に向けてきた。
「はぁあ!!じゃ逃げられるじゃん!!」
様子を伺っていた盗撮犯らしき男は、その隙をついて逃げ出した。金髪美女はそれに気づき、すぐに追いかける。階段を下りようとする男が、ちょうど登ってくる別の人とぶつかりそうになる。
「邪魔だ!!」と叫びながら、男はその人を突き飛ばそうとする。
「(ウソだろッ!!ヤバい!!!!)」晴斗は咄嗟に動いた。
「フォールドゲート!!!」
反射的に使ってしまった、自分の能力を隠そうと誓ったばかりなのに、こんな形で使ってしまうとは――。
晴斗が作り出した空間の歪みが、突如として現れたため、二人は一瞬動きを止めた。その隙に晴斗は動いた。空間から飛び出し、男の側面に覆いかぶさるように倒れ込み暴れる男をなんとか拘束しようとする。
「どけッ邪魔だ!!」
「クソッ暴れるな!」
そのタイミングで他の警備員が到着、男は捕縛された。
「(あぁぁ……使ってしまった……)」
「(俺どうなるんだ……。)」
なんとか事なきを得たものの、その後は会社、大学、警察の聞き取りが続き、解放されたのは夕方だった。晴斗は心の中で焦りと恐怖、落胆が混じった複雑な感情を抱いていた。
「はぁ、身内にバレるならまだしも国家権力にバレてしまった。どうなるんだ」
「この後、特殊部隊に配属されるとか?いやいや、流石に強制なんてことは……」
晴斗は自問自答しながら、頭を整理しようと独り言を呟き続けた。その時、インターホンが鳴った。モニターに映ったのは、あの金髪美女だった。
「なッ!なんでアイツがいるんだ!!」
驚きと不安が一気に押し寄せたが、美女は容赦なく玄関で声を張り上げる。
「いるんでしょー!大事な話があるの!!」
「(なぜココの住所が分かったんだ。警察に聞いたのか?普通教えるか??)」
仕方なくドアを開けると、彼女はすかさず言い放った。
「その力持て余すのなんてもったいわ!!FSSに入りなさい!!」
「は??」
晴斗は呆然としたまま、金髪美女の言葉を受け止めることしかできなかった。