岐部 明瑠 (きべ ある)は地元の中学校に通う中学2年生だ。今日は学校は休みだが、午後からサッカー部の練習があり、その準備を進めていた。
「休みの日なのに大変だね」
姉の岐部
「練習はいいんだよ、好きでやってるから。でもわざわざ制服着て登校しなきゃいけないのが面倒なんだよ。それで何故か帰りはジャージで帰っていいとか意味不明」
その言葉に、杏はふふっと笑った。
「わたしも運動得意だったらサッカーやるのに」
そう言って、シュートのポーズを取るが、そのぎこちなさから、彼女が運動音痴であることが明白にわかってしまう。
「その前に体力付けろよ。サッカーどころか、なんもできねーじゃん」
明瑠はそう言いながら、笑いをこらえた。
「心配してくれてるの?ありがとー」
「ちげーよバカ!」
軽口を叩き合う二人の間に、ふと静けさが訪れる。明瑠が両親がいないことに気づいたのだ。
「あれ、また二人ともいないの?」
杏は軽く頷いた。
「んー、なんか凄い慌てて出てったよ。お金置いとくからテキトーに食べといて、だって」
「ふーん」
二人の両親は警察官であり、休日でも急に呼び出されることが日常茶飯事で、二人はそれに慣れていた。明瑠はため息をつき、ふと自分の将来を考える。
「おれ、絶対将来警察にはならないわ」
杏も苦笑しながら同意した。
「んー、二人には悪いけど、わたしも嫌だなー。まぁ、自慢の両親ではあるけどね」
明瑠は再び靴を履き、玄関のドアに手をかけた。
「じゃ、行くわ」
「はーい、がんばってー」
しかし、明瑠が外に出ようとした瞬間、突然、轟音が響き渡り、二人は思わず体を縮めた。
「うぉ!?なんだ!?」「きゃっ!!」
明瑠は驚きと恐怖で心臓がバクバクと音を立てるのを感じた。鼓動が早まり、冷たい汗が背中を流れた。
「うぅぅ、なに今のぉぉ」
杏が震える声で尋ねる。明瑠は、心臓の鼓動を抑えながら慎重に玄関のドアを開け、外の様子を伺った。外に出ると、空気は重苦しく、まるで嵐の前の静けさのようだった。
「爆発か!?結構近いんじゃないか!?」
「ちょっと見てくる」
「えぇ、危ないよぉぉ」
「火回ってきらたやばいだろ!逃げる準備しとけ!!」
「うぅわかったぁぁ」
両親が警察官であることもあって、非常時の準備はできている。杏はすぐに防災グッズの場所に向かい、明瑠は外に出た。
しかし、目に映った光景は、彼が想像していたものとは全く違っていた。明瑠の家の玄関から見て、右隣に半壊した家がある。
その家の前に怪物が立っており、さらにその周りをSAUの隊員が取り囲んでいる、まるでゲームの中から飛び出してきたような異形の姿であり、ライオンの姿に、人の顔を持ち、巨大な翼がその背中から広がり、灰色の空に影を落としている。その瞬間、全身に冷たい恐怖が走り、言葉を失った。
「何だ、あれ……!?」
明瑠は玄関の脇に身を隠し、慎重に周囲を窺った、その時、特殊部隊のような格好をした三人の男たちが怪物と対峙しているのを見つけた。
「クソッ、こいつかなり強いぞ!」
「広がるな!狙われるぞ!!」
その声が響くと、怪物が不気味に笑い、重々しい声で言葉を発した。
「お前ら、前線に出てくるってことは、結構良いアビリティ持ってたんだなぁ。いいなぁぁぁ、うらやましぃよぉぉ」
その言葉に明瑠は凍りついた。
「――!!(バケモノが喋った!?なんなんだアイツは!?)」
怪物は続けた。
「俺なんかよぉぉぉ、触れた物を3ミリ浮かすだけの、よくわかんねーアビリティでよぉぉぉ……SAU最強の運び屋とか侮辱されてよぉぉぉ!!」
「SAU最強の運び屋!?こいつ、西田か!?」
「なんだぁ、俺のこと知ってるヤツいるのかぁぁ」
SAUの隊員たちは、動揺を隠しきれずにいた。しかし、自らを鼓舞するように怪物を罵倒し始めた。
「ハハッ、うすのろで何やらせてもできねぇ、アビリティも使えねぇこんなヤツと同じ部隊で恥ずかしいって、よくみんな言ってたぜ!」
その言葉に怪物は激しく怒り、鼻息を荒くして興奮し始めた。
「うぅぅぅ……テメェら、ぶっ殺す!俺をバカにした罪は重いぞぉぉぉ!!!」
次の瞬間、部隊員たちは一斉にアビリティで攻撃を繰り出した。
「う、うわぁぁぁぁぁ」
「撃て撃て撃てーー!!」
炎や雷、爆発が激しく起こり、怪物の姿が見えなくなる。しかし、歓喜の瞬間も束の間だった。爆煙が晴れると、怪物は無傷で立っていた。
「散々バカにして、その程度かよぉぉぉ」
その言葉に、隊員たちの顔が一気に青ざめた。
「……な……無傷だと……!!」
「だ、ダメだ……俺たちじゃ敵わねぇ!!」
恐怖が彼らを支配し、一人が突然逃げ出した。
「お、俺はこんなとこで死にたくねぇ!」
「な!?おい、逃げるな!!」
怪物はニヤリと笑い、翼を広げると、逃げた隊員に向かって翼を動かした。その瞬間、何かが飛び、隊員の体が真っ二つに切り裂かれた。
明瑠は身を隠しながらも、ふと玄関の方を見やった。
その時、明瑠の心配をしていた杏が部屋から玄関へと急ぎ足で駆け出し、外に出てきてしまった。
「明瑠ー、どうしたのー?大丈夫ー?」
「バッ!隠れろ!!」
「えぇ、ちょ、何!?」
扉の音と杏の声に怪物が気づき、ニヤリと笑った。
「お前ら、国民を護る正義のヒーローなんだろぉぉ?アソコに思いっきり攻撃したらぁぁぁ、どうなるかなぁぁぁ??」
息付く暇も与えず、怪物は明瑠達に向かって口から火球を放った。明瑠は咄嗟に杏に覆いかぶさり、目をつぶった。
「間に合え!!」
隊員の一人が走り出し、火球の前に立ちはだかった。とてつもない灼熱の風が舞い、息をするだけで喉が焼けそうになるほどだった。
「……か……か……あ……」
その隊員は火球を受け止めきったが、全身丸焦げになり、ほぼ即死状態だった。
「きゃーーーーっ!!!!」
「クソっ、逃げるぞ、杏!!」
しかし杏は腰が抜けてしまい、その場から動けなくなってしまっていた。
「飽きてきたなぁぁぁ、纏めて殺すかぁぁぁ」
怪物は最初と同じように翼を広げ、飛び上がると、翼をこちらに向けてバサッと動かした。最後の隊員は、その動きを見て、すぐに切れ味の鋭い攻撃が来ることを把握した。
「二人ともあぶない!!かがめ!!!」
その瞬間、隊員の胴体は上下に真っ二つに裂かれ、血液により透明な刃が一瞬だけだがはっきりと杏の目に映った。
「危ない!!」
杏は咄嗟に明瑠を思い切り押しのけ、家の敷地外まで飛ばした。透明の刃は、二人の家に被弾し、杏を巻き込みながら崩れ落ちた。
「杏!!!」
怪物がまだすぐそこにいるにもかかわらず、明瑠は杏を探すためにすぐに瓦礫をどかし始めた。
「杏!!返事しろ!!!」
「こんな時だけ姉貴ヅラしてんなよ!!!」
「こういう時だからこそ……姉貴ヅラさせてよ……」
「杏!!?大丈夫か、怪我は!?」
「わか……ない……、動けない……」
「今どかすから待ってろ!」
その時、後ろからズシンズシンと怪物の足音が体に響いてきた。怪物は彼らからわずか数メートルの距離に迫っており、その巨体が放つ圧力が明瑠たちの体を震わせていた。
「あぁぁぁ、かわいそうにぃぃぃぃ……なんて素晴らしい姉弟愛なんだぁぁぁ!」
怪物の嘲笑が響き渡り、その声はまるで心臓を握りつぶされるような恐怖を感じさせた。明瑠は、杏を守るため、目の前の怪物に向かって必死に叫んだ。
「クソッッ!!あっちいけッ!!!」
明瑠の声が響き渡り、倒壊した建物からは杏が逃げるように促していた。
「明瑠……!!もういいから……逃げて!!」
その瞬間、怪物越しに、異世界における戦闘服のような黒いシャツとコートを纏い、鋭い眼差しでありながらもどこか温かみを感じさせる男が、静かに立っていた。
彼の存在が、まるで嵐の中心にいるかのように、周囲の喧騒を一瞬で静まり返らせた。ついさっきまで絶望感に包まれていた明瑠の心に、なぜか小さな希望が灯った。